同友会ニュース−調査・見解・提言

埼玉中小企業家同友会がめざす理想的な姿

  埼玉中小企業家同友会は、2008年度埼玉県経営品質協議会推進賞を受賞しました。
その際に作成した組織プロフィールにて掲げている「組織の理想的な姿」は、下記の通りとなっています。

組織の「理想的な姿」

 1974年に約30名の会員数からスタートした埼玉中小企業家同友会は、現在では会員数1000名を越え、県内経済商工6団体として行政・他団体・地域からあてにされる団体へと成長しつつあります。設立当初川口駅周辺にて全県例会として開催されていた例会は、14地区会それぞれが毎月活発に開催されています。
 米国発の金融危機による世界同時不況は、これまでの市場万能主義の終焉を全世界に提起しました。こうした中で、人間の尊厳を大切にし、誰もが安心して暮らしていける地域を再構築することが求められています。地域経済の自立的発展を支え、地域の人材を育む中小企業こそが、「人が輝く社会」の実現の担い手にならなければなりません。
 社歴、規模、業績等を問わずあらゆる中小企業経営者にとって、本音の交わりを通じて常に刺激と新たな気づきが得られ、明日からの経営の活力を得られる、経営者の力の源泉となるような団体となることをめざします。埼玉中小企業家同友会に関われば、だれもが中小企業の魅力を実感することが出来る「中小企業による三方よし」を理想の姿として掲げます。

「中小企業による三方よし」
・【経営者よし】経営者が自らが中小企業であることに誇りを感じることが出来る
・【社員よし】そこで働く人は自らの役割を果たすことに喜びを感じることが出来る
・【地域よし】地域にて関係する様々な立場の人が中小企業の存在意義を感じることが出来る

を理想の姿として掲げます。
 当会の活動の姿を見て、起業して経営者になりたい、「中小企業の社長のイメージが変わった、そういう社長がいるなら大企業ではなく中小企業に就職したい」、あんな会社なら自分の子供を中小企業で働かせたい、という人が増えてくるような団体でありたいと考えています。
 これらの理想の姿を実現する経過の中で、10年後(2019年)に2000名の会員を目指します。

その時点での理想的な姿を4つの視点で表すと次のとおりです。
【顧客本位】
・会員企業がそれぞれの到達度に合わせて経営革新できる仕組みが整っている。
・新たな会員を迎える風土が確立し、会員同士がお互いの存在を認め気にかけ合う組織。
・経営者自身の生の経験談を聞くことで共感を覚え、明日への勇気がわいてくる、そんな組織。

【独自能力】
・会員である経営者自身が、活動の企画・運営を行なうスタイルがより確立し、時代の変化に対応出来る柔軟な組織
・厳しい経営環境の中でこそ、ますます必要とされる中小企業経営者の駆け込み寺になるような場所。
・「経営計画を作るなら同友会の経営指針を」と会外から認知されている状態。

【社員重視】
・事務局員一人ひとりがこれからの社会を支える中小企業運動の担い手として、誇りと自負を持って働くことが出来る。
・事務局員同士がお互いの協力・協調関係が構築されていて、働きがいを感じ自発的に働ける組織。
・個々の事務局員が人間的に成長することが出来る場として、楽しくも時には厳しくお互いの能力を磨き合える職場。
・安定的な財務基盤が構築され、生活の将来設計をイメージすることができる。

【社会との調和】
・会員企業一社一社が社員の「完全雇用」(それぞれの人が持ち味を発揮して社会の中で出番を果たしている状態)を実現し、地域生活者のセーフティネットとして機能することで、激変する経済環境の中で頼れる"最後の砦"となっている。
・中小企業憲章が制定され、埼玉県中小企業振興基本条例の推進を中心的に担っている状態。
(中小企業憲章とは、日本の経済・社会・文化及び国民生活における中小企業・自営業の役割を正当に評価し、豊かな国づくりの柱にすえることを国会が決議し、憲章の精神を実現するために、現行の中小企業基本法をはじめ、諸法令を整備・充実させる道筋を指し示すもの)
・地域に根ざした中小企業家による顔が見える活動が進み、中小企業家の代弁者として経営実態に即した政策提言を行っている。地域づくりの担い手としてあてにされる団体となり、埼玉同友会の認知度がさらに高まっている状態。またそのことが会員企業の励みとなっている。


こうした理想的な姿を目指すに当たって、次のような理念・精神で運営をしています。
中小企業家同友会の3つの理念

【3つの目的】
1. 同友会は、ひろく会員の経験と知識と交流して、企業の自主的近代化と強靭な経営体質をつくることを目指します (良い会社をつくろう)
2. 同友会は、中小企業家が自主的な努力によって、相互に資質を高め、知識を吸収し、これからの経営者に要求される総合的な力を身につけることをめざします (よい経営者になろう)
3. 同友会は、他の中小企業団体とも提携して、中小企業をとりまく社会・経済・政治的な環境を改善し、中小企業の経営を守り安定させ、日本経済の自主的、平和的な反映をめざします (よい経営環境をつくろう)

【自主・民主・連帯の精神】
同友会は、他のいかなるところからも干渉や支配を受けず、入退会についても自主性を尊重し、運営のボス支配を排除します。会員どうしの援け合いと信頼関係の構築に努め、さらに外へ向けての融合、協力、団結を進めます。

【国民や地域と共に歩む中小企業をめざす】
事業所数の99%、従業員数の80%を占める中小企業は日本経済の基盤。誇りをもって、地域に愛される企業づくりをめざしています。


人間尊重の経営
同友会では「中小企業における労使関係の見解」(1975年中同協発表)の精神をもとにして、「社員を良きパートナーとして深い信頼を寄せ、企業づくりの展望を提示し、豊かな人生を創造する基盤を労使が一体となって築き上げていくこと」と定義しています。
【「21世紀型中小企業づくり」をめざす】
 第1に、自社の存在意義を改めて問い直すとともに、社会的使命感に燃えて事業活動を行い、国民と地域社会からの信頼や期待に高い水準でこたえられる企業。
 第2に、社員の創意や自主性が十分に発揮できる社風と理念が確立され、労使が共に育ちあい、高まりあいの意欲に燃え、活力に満ちた豊かな人間集団としての企業。
(1993年、中同協第25回総会「総合宣言」より)

同友会運動と企業経営は不離一体
同友会らしさとは、同友会理念の体現を意味します。すなわち、「同友会の三つの目的実現をめざし、自主・民主・連帯の精神で同友会運動と企業経営を推し進め、国民や地域と共に歩む同友会づくり、企業づくりに邁進すること」です。このことは、会員相互の真剣な学び合い、社員と共に育ち合い、地域と共に繁栄する企業づくりをめざして、意欲的、創造的な活動を行うことを指しています。
会の活動に熱心に参加することによって、たえず新鮮な刺激を受け、経営者としての自己革新が促され、学んだことは経営の場で実践され、必ず成果に結びつける努力をします。そして、その成果や教訓を例会、研究会などで発表し、再び同友会活動に還流することによって、さらに会の質的向上が図られていきます。このようなサイクルで会員企業は成長し、同友会運動も発展します。そうした意味から、同友会運動と企業経営は“車の両輪”の関係であり“不離一体”のものと考えています。

その背景

こうした理想的な姿を描くようになった経緯は次のとおりです。

中小企業家同友会の歩み
1945年の敗戦復興の過程で、同友会の前身といわれる「全中協」(全日本中小工業協議会、のちに全日本中小企業協議会と改称)が、47年に結成されました。戦後、軍事経済体制から開放され、自らの意思で自由に事業を営める立場に立った中小企業家は、その旺盛な企業家精神を発揮し、焼け跡からたくましく立ち上がろうとしていた時期です。しかし、このような時代の大転換期でありながら、肝心の資金・資材は大企業に集中され、重税に苦しむのが当時の中小企業の実態でした。こうした状況を打破しようと中小企業運動が高揚するなかで誕生したのが「全中協」でした。
1956年に設立された日本中小企業政治連盟が「中小企業団体法」制定運動を進める中、そうした傾向に同調しなかった少数の全中協メンバーにより1957年に日本中小企業家同友会が創立されました。団体法の道でなく、中小企業家の自主的な努力と団結の力で中小企業の自覚を高め、中小企業を守り、日本経済の自主的で平和的な発展をめざすものでした。
当時の設立趣意書では、「天は自ら助くるものを助く」の精神を強調し、自主・自力で生き抜こうとする企業家精神をうたっています。また、会運営においても「沈滞とボス化」を避けるための民主的運営の提起であるとか、共通の課題にもとづく他団体との協力、提携、かつ「政治的には特定の党派に偏することなく、あくまで中小企業家としての利害に基き、協力を要請するもの」と明記しています。この趣意書の内容は、先の「全中協」以来の優れた伝統の継承をはかりつつも、さらに歩を進めて、新しい時代に対応した中小企業運動を展望する意欲と使命感を盛り込んだもので後に確立される「同友会3つの目的」や同友会理念の基礎となっています。

埼玉中小企業家同友会の歩み
 1974年 戦後初めて経済成長率がマイナスを経験し高度経済成長が終焉を迎える中で、中小企業が力を合わせて経営環境を改善し、発展することが日本経済への大きな寄与となるべく埼玉中小企業家同友会が誕生しました。当時は会員数が30名ほどでしたが、毎月一度の例会を、全県下から川口駅周辺に集まり開催していました。翌1975年には川口地区会、西部地区会が誕生、その後、浦和大宮地区会、戸田蕨地区会、鳩ヶ谷地区会が誕生するころ頃には200名の会員数を誇っていました。1978年200名達成、1983年400名達成、中同協第15回総会が埼玉で開催された1985年に600名達成、その後も浦和・大宮地区会の発展的な分離、朝霞・新座地区会、東部地区会、中部地区会、埼葛地区会、北部地区会と発足し、会員数も1000名に達する団体へと成長をとげてきました。1990年1000名達成、1994年1337名と会勢は順調に伸びていきました。
 その後は、バブル崩壊による経営環境の変化により会員数の減少を免れることはできませんでしたが、1996年「経営指針づくり元年」を宣言し、経営指針づくりセミナーを本格スタート、1999年には埼玉同友会独自の「経営指針マニュアル」の完成、さくら地区会設立14地区会体制がスタートするなど、強靱な経営体質づくりに取り組んできました。
 2000年30周年ビジョン発表、2002年全国研究集会を埼玉にて開催、2003年新中期ビジョン発表、社長の学校ロゴ使用開始、2006年事務局が新都心ビジネス交流プラザに移転、2008年中同協第40回総会の埼玉開催などを経ながら、2000年以降、埼玉中小企業家同友会は埼玉県経済を担う団体として地域からあてにされる団体へと成長しつつあります。

  「社長の学校」について
一会員のアイデアから生まれた「社長の学校」は、2003年12月理事会にて埼玉中小企業家同友会のロゴとして正式に認められ、商標登録を行いました。「学校」という表現は、教える人間と教えられる人間が存在するような印象を与えること、確立されたカリキュラムが存在するような印象をあたえることなどの懸念がありましたが、学校というものを「自覚的に成長し、主体的に社会に関わりを持てる人格を形成する場」と捉えようという考えに基づいています。このことについては、「『すずめの学校(鞭を振り降り~)』ではなく、『めだかの学校(誰が生徒か先生か~)』である」という説明が定着しています。
この「社長の学校」は、会の存在を対外的にアピールする際の訴求力あるキャッチコピーとして使用するものであり、同友会活動のすべてを表現するわけではありませんので、この言葉にとらわれ過ぎないということも確認されています。
「社長の学校」の活用による埼玉同友会の認知度向上は、新中期ビジョン(2004~2006年)にて掲げられ、看板や各種リーフレット等に統一的に使用され、会内外に定着しています。
2008年に埼玉同友会の設営にて開催された全国総会(中同協第40回定時総会)を機にかねてより希望があった他県同友会による使用も認め、全国的にも広がっています。
これからの「社長の学校」は、「地域の頼れる学校」でありたいと願っています。

「国民の大多数が働いている中小企業は、これからの時代をになう人間を育てるための"たよれる学校"でもあります。その誇りと自覚を持って、社会的責務を果たすことにより中小企業の繁栄は約束されます。」(第15回中同協総会宣言【教育宣言】)

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