同友会ニュース−企業訪問

障害者雇用が企業を変える!~小さな一歩から、開ける道は大きい。実践経営者が語る障害者雇用~((株)バニーフーズ代表取締役 高橋良治)

はじまりは同友会事務局長からの依頼

  ■今日はお忙しい中、ありがとうございます。最初に、高橋さんが障害者雇用を始めた経緯についてお話していただけますか?

 私は鎌倉出身で、もともと家業が肉屋だったのですが、サラリーマンだった私が継いだあと、弁当の製造販売を始めました。弁当専門店のバニーを開店したのは1986年のことです。
 2003年に障害者雇用を始めたのですが、きっかけは 中同協の相談役の赤石義博さんが会長当時に、総会などで折に触れて障害者雇用問題を話題にされていたのを聞いたことです。特に印象に残っているのは、元新潟同友会代表理事・元中同協障害者問題委員長の渡辺トクさんの話です。渡辺さんは、障害者は外にあまり出さないような風潮のあった1960年ごろ、家族や社会から見放された人々を引き取り、病院で使うシーツなどの洗濯をする会社をつくったのだそうです。その話を聞いて、自分も障害者を雇用してみたいと思ったのです。
 そんな時、たまたま同友会の事務局長より「障害者の実習を受け入れてくれないか」という依頼がありました。私は最初から雇用する腹積もりで、2人の実習生を受け入れ、実習後に雇用しました。

■そのお二人はスムーズに仕事に慣れることができたのですか?大変だったことや、想定していたことと違ったことはありますか?

 最初に雇用した2人は、知的障害のある女性で、Nさんという40代の方とKさんという30代後半の方でした。Nさんの障害は軽度で、Kさんは重度でした。
 Nさんが入ったことで、会社には変化が起きました。このころ、会社の雰囲気が悪く、たびたび言い争いや喧嘩がおきていました。ところが、Nさんが一人ひとりに「おはようございます」と挨拶をする姿に、社内の雰囲気が殺伐としたものから、やさしい空気に変わってきたのです。もちろん、最初からうまくいったわけではなく、Nさんは洗い物をやってもうまくできず、周囲も最初は批判的だったのです。それでもNさんのひたむきな態度を目の当たりにして悪口も聞かれなくなっていきました。
 Kさんには、掃除を担当してもらいました。ところがKさんは、教えてもらったことをすぐ忘れてしまうのです。どうしたものかと考え、ホワイトボードにやるべき仕事を書きました。その仕事が終わったら、Kさんに丸をつけてもらうようにしました。これなら、その仕事をやったかどうか、忘れてしまっても、確認することができたのです。彼女は、欠点もありましたが、仕事に対して意欲的だという長所もありました。自分で工夫して洗剤を買ってきて試してみたりする前向きな姿勢があり、自分なりに頑張っていました。けれども後にてんかんの持病があることがわかったのです。みんなが「頑張ってね」と声をかけることが本人にはプレッシャーになってしまい、度々てんかんを起こしてしまいました。最初はびっくりしましたが、薬を飲ませて30分くらい休めば大丈夫だという対処法がわかりました。「頑張って」と声をかけることがだめなので、みんなで話し合い「ありがとう」とか「きれいになったね」などという言葉に切り替えるようにこちらも気をつけました。
 そんなふうに、当時はどう対処したらよいのか、わからないことだらけでしたが、共に乗り越えることができた一つの要因に、月に一度のミーティングがありました。Nさん、Kさん、施設の担当者、私の4人で定期的に行いました。まず褒めることから始め、では次に何ができるか考え、課題を与え、目標を決め、翌月にその確認をする作業が続きました。
 その後Nさんはリーダーになるまでに成長しました。Kさんは「社長さん、私は毎日仕事に来るのが楽しくてうれしい」と言ってくれるようになりました。そんなことを言ってくれるスタッフは彼女だけなので、逆に私が励まされるようになりました。もちろん、掃除も完璧にできるようになりました。2人とも時間はかかりましたが、自立したのです。

新たな転機が訪れる

  ■お二人からスタートした採用が、その後、増えていった経緯はどのようなものだったのですか?

 実は3人まで雇用を増やしたとき、うちの規模ではこれが限界だろうと思っていたのです。方向を転換したのには、きっかけがありました。
 当時、我が社でつくるお弁当の調理作業の一部は施設の作業所に出していました。たとえば、玉ねぎを切るとか、揚げ物のパン粉をつけるなどの料理の下処理作業です。もちろん、障害者施設だから安くしろ、ということなどをせず、他に頼んだらいくらかという試算を基に適正な金額をお支払いしていたので、施設とも良好なビジネスパートナーの関係を、約6年間築いていました。3年前に保健所の検査で2つの条件を出されたことで、転機が訪れました。条件というのは、食肉処理業の許可を取ってほしいということと、約5キロ離れた場所に運ぶので、保冷車を用意し、それで運搬してくださいという2点についてでした。この保冷車を買うとなると250万円もするのでかなりの負担になります。私たちは、施設に仕事を依頼するのをあきらめざるを得ない状況になったわけです。
 ところが、せっかく慣れた仕事だから、何人か施設から来てもらって、我が社のメンバーとそういう下処理をする作業所をつくってはどうかということになったのです。思わぬことから自分で作業所をつくることになりました。
 2009年に中同協障害者問題委員会が奈良県で開催され、ここでの報告を聞いたことが、新たな展開へとつながりました。それは(有)ヨシダ精工社長の吉田周生氏(熊本同友会障がい者問題委員長)の報告でした。吉田さんは自動車部品の会社を経営していましたが、不況で売り上げが10分の1になり、何人か解雇しなくてはいけない状況になったときがあったのだそうです。そのとき就労継続支援A型事業所をつくりその状況を乗り越えた話を報告していました。その話を聞き、早速吉田さんに電話を入れてお会いしました。吉田さんはとても丁寧に、就労継続支援A型事業所についてのノウハウを教えてくれました。NPOがいいのか、株式会社にするのがいいかなど、具体的に相談にのってもらうことができ、このことには今でも感謝しています。
そして2010年自分で作業所をつくるという事業は就労支援A型事業所の㈱ラビーの誕生(後述)へと結びつき、その後への大きな転換期となりました。

障害者雇用への取組みとその波及効果

  ■就労継続支援A型事業所の仕組みについて教えていただけますか?

 国の自立支援法の中の一つに、就労継続支援A型(注1)があります。そもそも自立支援法はなぜつくられたかというと、現在、ほとんどの障害者は家庭にいるか養護学校卒業後施設や作業所に通っています。社会福祉施設からの一般就労は年間2%位しかないそうです。なんとか外に出て働きたいと思っている障害者も多く、企業が障害福祉サービスを実施できるよう、規制の緩和が図られたのです。
 就労継続支援A型の仕組みはというと、企業が別法人をつくり、障害者を雇い入れますと、訓練費として、1日5,270円が国から企業(今回のケースは(株)バニーフーズ)に支払われるシステムになっています。(最低定員10人以上:編集部注)。普通に雇用すると、通常の給料を出さなくてはいけないが、訓練そのものが収入になるので、経営が安定するわけです。つまり経営に障害者をジョイントすることで、経営そのものが安定するのです。
 我が社の場合ですと、(株)ラビーでは一切材料の仕入れはしていません。(株)バニーフーズからすべての仕事を請け負う形になっています。つまり、(株)バニーフーズからの利益が彼らの給料になっているわけです。

■A型事業を始めて企業にプラスになったことは?

 A型事業を始めることで(株)バニーフーズ本体の経営が安定し、世代交代が可能になったということが大きいです。(株)ラビーで支払われる給料の一部は国からの訓練費が充てられるので、人件費が浮き、その結果、新たな人材を確保することが可能になりました。そこで共同求人に参加し、平成23年4月は(株)バニーフーズに4人採用しました。その代わりというわけではありませんが、60歳以降の人は(株)ラビーに異動してもらったのです。この方々はそれまでは(株)バニーでは主役級のスタッフだったので、若い人は遠慮して第一線に立てずにいましたが、世代交代ができたわけです。もちろん、最初は異動を嫌がっていた人もいましたが、他の人の世話をすることで新たな仕事の喜びを見るけることができるようになりました。障害のある人、一人ひとりと向き合うことで、みんながケアすることできるようになり、お互いにやさしく接することができるようになったのです。つまり会社の風土を変えることができたということで、これはとても大きなメリットです。
 このようにメリットは会社の利益が安定するだけではなく、会社の雰囲気も良くなるということが挙げられますが、社会的な影響にも及ぶと感じています。消費者の多くが、どこかで弁当を買うなら、社会貢献しているバニーで買おうという空気があるようです。私はそれまで、参入できなかった市役所の購買での弁当販売の営業も成功することができました。そして一つ決まれば、他の市役所でも「うちもバニーフーズに頼もうか」という、いい流れができてきます。施設や養護学校などでも、お弁当が必要なときに、せっかく発注するのなら、とうちへ発注が来たりします。みんな、親戚や家族の誰かしらに、障害を持った人がいたりするもので、他人事ではない時代なのです。外で「あなたの会社は障害者を雇用して、いいことやっているね」と言われたり、新聞に取り上げられたりすると、社員も誇りを持って働くことができます。このように波及効果は大きいです。

働く喜びとは

  ■現在、障害者を取り巻く社会環境はどのようなものなのでしょうか

 障害のある方が、授産所や施設で働くことでもらえる金額は月に平均で12,000円位だと聞いています。私が採用した方で、パンを作る作業で月に2,000円程度しかもらっていなかったという方もいて驚きました。なぜそんなに低いのか?仕事を受注する側は、なんでもいいから仕事をくれという感じになるし、仕事を発注する側は、相手は障害者年金をもらっているのだし、仕事があるだけでもいいだろうというスタンスだからなのです。
 例えば発達障害で、会社でうまく適応できない人がいたりすると、医者に発達障害だと認められて、ポスティングなど仕事に替わると月に2万円ぐらいの収入に減ってしまいます。こんなことでは労働意欲がなくなってしまうのです。我が社では最低賃金の保証はしていますので(神奈川県の場合は現在836円)、ここでのお給料と年金できちんと自分の生活を成り立たせることができる訳です。
 現在全国に障害者の認定を受けている方々は約750万人いると言われています。身体障害、精神障害、知的障害の方と区分分けがありますが、知的障害の方は約80万人いるといわれます。それ以外に発達障害の方もいます。程度の差はあるが、勉強はすごくできるのに、発達障害ということで養護施設に行く方も増加しているので、養護学校が満杯状態になっています。数的には、近年、毎年300人位ずつ増えていると聞いています。障害は治ることはないかもしれないが、自立していくことはできるのに、一度施設に入ってしまうと、中々社会に出ることができなくなってしまうのが現状です。
 施設にずっといた人が、働くことで、収入を得て、旅行に行ったり、欲しいものを買ったりすることができ、次の働く目標を持つことができるのです。このことは、本人、家族にとってよいのはもちろんですが、違った側面から考えると新たな消費が生まれることにもなり、市場の拡大にも繋がるのです。
 現在、ラビーには約20人が知的、5人が精神、1人が身体の障害があります。中には中学受験のストレスが原因で、社会に適応できなくなっていた26歳の女性がいました。お母さんも「この子をこんなにしたのは私だ」と泣いていましたが、我が社で働くようになって半年たったころ「この子がこんなに明るくなり、仕事に元気で通ってくれて、毎日が楽しいというようになった」と感謝されたこともあります。他にも、すぐにやめてしまうのではと思ったような人が、張り切って仕事を続けている例もあります。働く喜びを知って、「明日の仕事は休み」と言わないと、毎日来てしまうほど、ここにきて仕事をすることを生きがいとしている人もいます。そんな変化のドラマがここにはたくさんあるのです。

福祉部会ができたことで新たな変化が

  ■今後の障害者雇用への展望をお聞かせください。

 先日、私に障害者雇用への道をアドバイスしてくれた吉田周生さんに電話をしました。吉田さんの会社では現在障害者の方は30人近くいるそうですが、事業計画は100人だと言っていました。すごいですよね。
 私も、知れば知るほど、障害者のある方々が働く場所がないことがわかりましたので、障害者の雇用先をつくっていきたいというのが夢です。実際には2、3年後にきちんとした弁当工場をつくりたいですね。そのときは50人くらい雇用できたらと思っています。

■神奈川の障害者問題委員会の名称は福祉部会ですよね。福祉部会ができたことで神奈川同友会には何か変化がありましたか?

 福祉部会は現在運営委員が約15人いて月に1度勉強会をしています。その後、何人かが障害者雇用を始めました。神奈川同友会は経営者ばかりだったけれど、この活動を始めたら、福祉関係者が続々と入ってきました。福祉部会ができたことで、増強にも繋がったわけです。福祉関係の方々も勉強しなくてはという意識が高まっているので、勉強会などへはとても熱心に参加してくれています。
 それから行政との関係についても変化がありました。神奈川同友会は行政との繋がりが以前はそんなになかったのです。けれども、障害者雇用のことをやっているということで、行政からの見方が変わった感があります。

■障害者問題に同友会として、また経営者として取り組む意義はどこにあるとお考えですか?

 さまざまな経営者団体を見渡しても、障害者委員会をつくっている経営者団体はないと思います。福祉関係者でも学校関係者でもない、経営者の集まりが、障害者雇用を真剣に考えていることに驚かれることも多いです。大企業には法定雇用率が定められていることもあり、障害者雇用をしているが、スタンスとして積極的に雇用しようとするところは少ないのです。それだけ日本は遅れているのです。
 けれども同友会のスタンスはそうじゃないのですよね。同友会には地域で一緒に暮らし、働くという理念があるのです。同友会の目指す「人間尊重の社会」にも通じることになります。
 今、日本には障害のある子どもたちが増えている現状があります。これからは日本の障害者の雇用が社会問題になると思います。この地域でも養護学校の生徒が2年前から比べて1.5倍に生徒が増えてしまったのです。経営者として、障害者問題を捉える時期として考えると、今はチャンスだと思います。

ライフワークとしての位置づけとなる

  ■高橋さんのお話を伺って、障害者雇用に関して、始めてわかったことも多いですね。今後、埼玉同友会でも、障害者問題についての取り組みが活発化するとよいですが、高橋さんからのアドバイスはありますか?
 
 私も最初は経営が成り立つかなという考えが第一でしたが、取り組んでいくうちに、彼らの居場所をつくっているということに気がつき、ライフワークになってきました。 彼らは仕事を通じて役にたっているということを感じ、いきいきとしてきます。その姿をみることで、こちらが励まされます。私だって欠点だらけで彼らと同じなのです。いいところを見ていこうという方向でやっていけばいい方向に行く。自分にも言い聞かせながらやっています。いろんなことをやらせて、得意なことを見つけてあげることも大事ですね。
 私一人では、働く場所づくりにも限界があるので、ほかの社長さんにもぜひ取り組んでもらいたいと思います。いろんな機会に障害者雇用について話しますが、採用をしたことのない経営者は、自分の会社に障害者の仕事があるかとか、大変なことになるんじゃないかとか躊躇します。けれども、実際やってみると最初はうまくいかなくても、待つということができれば必ず育ちます。そして彼らと触れ合っていくことで、社員たちが変わっていくことができるのです。我が社の社風は、とても温かいものを感じると、来客者に褒められることも多いです。まず一人受け入れてみることを、お勧めします。きっと会社がいい雰囲気になりますよ。彼らから学ぶことは多いです。
 神奈川では2013年に、中同協障害者問題委員会全国交流会が予定されていて、今から張り切っています。埼玉でも障害者問題委員会をつくってください。それによって、新しい分野の人が入会し、その結果、埼玉同友会でもまた新しい風が起きると思います。
期待しています!

■今日は有意義なお話をどうもありがとうございました。埼玉同友会の広報誌『DOYOUさいたま』では、今後、障害者雇用に取り組む企業を取り上げていきたいと企画中です。埼玉でも新しい風が起こせるように頑張ります。

取材:小林吉文 酒井啓 鈴木光義 古川佳子(事務局)

※注1:「就労継続支援A型事業所」―障害者自立支援法に基づく、一般就労が困難な障害者のための就労支援事業所の1つ。指定を受けた事業所は障害者と雇用関係を結び、最低賃金を保障する。事業形態に応じた給付金が国と地方から支払われる。ほかに雇用関係を結ばないB型がある
※中同協障害者問題委員会全国交流会―通常2年に一度。2012年と2013年は、変則的に2年連続で行う。2012年は大阪、2013年は神奈川で開催予定。

会社概要

(株)バニーフーズ
代表取締役 高橋 良治

所在地:神奈川県鎌倉市材木座6-5-26
営業内容:弁当・惣菜・サンドイッチの販売
従業員:40人
TEL:0467-22-1188
FAX:0467-25-4416
URL http://www.1188-bunny.com//

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