同友会ニュース−企業訪問

「社員は自分が守る」いじめられっ子少年が社長になるまで((株)浦野建具 代表取締役 浦野喜平)

父親からの教えと反発がルーツ

   さくら地区会設立メンバーのお一人である浦野喜平氏に、事業や同友会についてお話をうかがいました。
 浦野氏は同友会のみならず幾多の団体で、常に熱量をもって行動されています。そのルーツは、幼少期にまでさかのぼります。
 浦野氏のお父様は建具店を創業し、64歳で急逝されるまで職人気質を貫いた方でした。生活は質素で、幼稚園に通えない浦野氏は一人、園児たちに集団でいじめられ泣いて帰るのが常でした。ただ、父親の手仕事をみたり遊びを工夫したりという時間が、生来の器用さを芽吹かせていました。
 学生時代はアルバイトや父親の仕事の手伝いをしていました。お父様は仕事に厳しかったのですが、それ以上に「きちんと挨拶をすること」「信用を大切にすること」を躾けられました。
 人より一歩下がる経営姿勢は納得できませんでしたが、挨拶と信用を大切にすることは社内に浸透させてきました。反発心を抱きながらも、人としての基本が経営の神髄であることを叩き込まれた少年期こそ、現在の浦野氏のルーツではないでしょうか。

自らの正義に従う

   幼年期のいじめられっ子で一人ぼっちの浦野氏は、小学校へ入学し今までとは異なる環境を知ります。今まで自分をいじめていた子をあっけなく倒すという出来事があり、自分は決して弱くないことを実感したのです。
 強い自分には、仲間ができました。一緒にやんちゃをする仲間たちのことは自分が守らなければという思い、弱いものいじめを許さないという思いが浦野氏にとっての「正義」になり、親分気質に育っていったのでしょう。
 若さと正義感のエネルギーに任せて少年期から青年期を過ごす浦野氏にも、「そのとき」がきました。家業を継ぐつもりはなくただ惰性で仕事をしていた自分が嫌になり、家を飛び出して東京へ同業の修行に行ったのが前向きのスタートだったのでしょう。我儘が許されない職人集団で厳しい道を修行ののち、家に戻り父親と二人で仕事をしていましたが、、浦野氏を頼り、雇ってほしいと若者がきたのが人を雇うことの始まりでした。
 持ち前の親分気質で職人を育て、亡くなった父親が遺してくれた仕事と「信用」を守り経営のトップになっていったのです。
 会社の社訓「だいじにします 永い信用」は、そこから生まれたとのことです。

「同友会あっての自分」だからこその熱量

   社員は自分が守る…少年のころの正義観のまま突き進んできた浦野氏にも、不安や孤独感はありました。
 勢いで「社長」と呼ばれても、実態は現場で働く職人のまま。事業を伸ばしたくとも、個人商店のままでは社員も雇えないと言われた。負けるものかと株式会社にしたものの、分からないことばかりでした。
 同友会と出会ったのは、そんなときです。夢中になって活動に参加し、先輩会員の話をうかがい、疑問や不安をさらけ出して話し合いました。その経験が経営者としてのご自身を創ってくれた、同友会に出会わなければ今の会社はないと、言葉に熱をこめられました。
 これからも第一線に立ち、後に続く人たちの背中を支えていただきたいと願う取材になりました。 

企業概要

代表取締役
浦野喜平
埼玉県行田市矢場2-10-1
TEL:048-556-4382
http://www.uranotategu.co.jp/  

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