同友会ニュース−企業訪問

おいしいごはんで笑顔のある未来のために(渋谷米穀(株) 代表取締役 石田幸弘)

渋谷米穀㈱の経緯

   初代の父が大宮の中山道にある明治から続く米屋の三男坊として生をうけ、学業を終えて実家の番頭として米屋稼業をしていたのですが、あくまでも三男坊、そこの店を継ぐことができません。どうしても独立して米屋稼業をしてみたいという夢があったのです。
 昭和30年代、大宮駅西口から15分くらいの櫛引町という見渡すかぎり畑や田んぼばかりのところ
にあった米の配給所が売りにでました。夢の実現ができるということで、昭和33年渋谷精米店を買い取り、屋号はそのままで、新しく渋谷米穀店が誕生します。配給所が売りにでるということは、決して経営が安定していたはずはありません。新しい商品(燃料など)に取り組み、各家庭に御用聞きをしながら経営を安定させてきたそうです。

おこめの話

   昭和40年代、日本人のおこめの消費は年間120キロ食べられていましたが、平成13年では年間55キロと半分以下におこめの消費が減ってしまいました。家庭では核家族型が増え、お米の購入も10キロから5キロが主流となり、購入場所も米穀店から生協・量販店また生産者などに移り変わってきています。専門店と量販店の差は、専門店ではお気に入りの産地指定や米の品質に気を配り1等米のみを扱い、お米の精米の仕方にもこだわっています。一方、量販店は、産地はこだわらず、お米の等級は2、3等米のみの使用や、よく見ると古米の表示やブレンドで低価格に抑えるという仕組みで安売りしているところもあります。

時代の変化に対応

   昭和50年代から店舗拡張をして4店舗の米穀店を展開していましたが、平成の米騒動で一変し、米屋稼業のながれが変わってしまいました。この時に、一般家庭用米販売から業務用米販売に経営改革し、それから20年になりますが、今、飲食店も個人から大手外食産業が力をつけ、外国産冷凍食品を使用した低価格の飲食が広がり、外食産業も価格競争で苦しんでいる時代になってきています。
 今後は、地域の米屋として原点に戻り初代が最初に試みたように新商品の開発、御用聞きなどを取り入れ地域密着型の米屋を目指すとともに、いつどんなときも(災害の発生時など)おいしいおこめの安定供給を軸とし、飲食店の発展を応援することと、店頭では、食を通して美容と健康に特化した米屋をめざすとともに、消防・交通安全協会・学校などのボランティア活動をして、地域の発展を目指します。
 また今、同友会の仲間と一緒に、飲食店オーナーの方からおこめや経営についての相談があった時に、経営アドバイスやプロデュースの提案をするなどの経営サポート体制をとっています。

理事会で経営指針セミナー参加を決意

   大宮南地区会長として理事会に出席するようになり、理事メンバーから経営指針の大切さを知った石田氏。即行動!と自身が経営指針セミナーに参加し、地区会でも指針をテーマにした例会づくりを呼びかけました。地区会の中では、経営指針に対する関心度が高まったとの声が聞かれます。「私自身も経営指針を受講したことで、いままで見えなかった米屋としての目標がみえてきました。同友会で学んだ指針つくりは経営するための羅針盤であり、ぶれないための目標となっています」。
 「同友会に入会し『人との絆』の大切さをあらためて感じた」と語る石田氏。同友会の魅力は、「井の中の蛙にならず、いろいろな人との交流がもて、話を聞くことができ、そこからひらめきが生まれる。永くつき合う事で真の友情が生まれ、いいヒントやアドバイスがもらえるところだ。」と言います。「同友会は学ぶ場でもあるが、いい仲間をつくる最適な交流の場でもある。」とも語ります。
 「今後は、次世代のお客様に喜んでもらえるような、地元の米屋として細く長くやっていき、いずれは3代目に引き継いでもらいたいと思っています。これからも同友会で良き仲間たちに囲まれて、『よい会社 よい経営者 よい経営環境』を目指していきたい」と決意を新たにする石田氏でした。

経営理念

『おいしいごはんで笑顔のある未来のために』
  〜お客様の笑顔を創造して〜


一、おいしいおこめの提案と安全・安心・安定供給し、食を通して人への幸せを育み地域の
発展と社会貢献を目指します
一、夢と創造と家族団らんを追求し時代の変化に対応できる会社を目指します
一、おこめの匠として、日本の食卓を応援し社員とその家族の豊かな幸せを目指します
一、日本の主食おこめを守るために生産者とさらなる絆つくりを目指します

企業概要

渋谷米穀 株式会社
本店営業部 埼玉県さいたま市大宮区櫛引町1-265
電話 048-663-4173 
http://www.e-kome-shibuya.jp//

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