同友会ニュース−活動報告

【中同協 第47回定時総会 in 岩手】 人を生かし、企業を変え、 持続可能な地域をつくろう!

人を生かし、企業を変え、 持続可能な地域をつくろう! ~エネルギーシフトで自主的・平和的な日本の未来を~

  ◆日時:7月9日(木)~10日(金)
◆会場:岩手県盛岡市


 1日目の全体会では、開催地を代表して田村満・岩手同友会代表理事が、東日本大震災以降の全国からの支援への感謝も交えながらあいさつ。総会議事として、総会議案や規約改正などの提案が行われ、1日目の全体会を終了しました。
 引き続き見学分科会を含む計16の分科会が行われ、活発な論議が交わされました。分科会では、第8分科会にて埼玉同友会の柴田玲副代表理事が、事業承継をテーマに報告者を務めました。
 懇親会では、20名もの来賓が登壇、来賓を代表して谷藤裕明・盛岡市長が歓迎のあいさつを述べました。参加者は地元の食を楽しみながら交流を深めました。
 

  2日目は、来賓の達増拓也・岩手県知事と米村猛・中小企業庁参事官から、「活力ある産業が蘇ってこそ真の復興」、「同友会との連携を強化していきたい」と、それぞれ中小企業や同友会への熱い期待を込めたあいさつがありました。
 広浜泰久・中同協幹事長から「先人が築いてきた同友会運動の確かな資産を活用し、次の世代につなげていこう」と補足報告が行われ、満場の拍手で議案が採択されました。新役員を代表して鋤柄会長があいさつし、中同協の各専門委員長・部会・連絡会代表による行動提起が行われました。
 続いて、岩手同友会の河野和義・㈱八木澤商店会長から、全国からの支援への感謝の言葉が述べられた後、参加者全員で「花は咲く」の大合唱が行われ、会場を大きな感動が包みました。
 最後に次回開催地を代表して閉会あいさつに立った堂上勝己・大阪同友会代表理事は「大阪では組織改革を行い増強に励んでいます。来年はぜひ大阪にお越しください」と呼びかけ、2日間の幕を閉じました。

【第1分科会】 エネルギーシフトの学習と実践を ~企業づくり・仕事づくり・地域づくり・暮らしづくりの可能性を探る~

  報告者:平沼辰雄氏 〈㈱リバイブ 代表取締役会長、中同協 地球環境委員長〉
鋤柄 修氏 〈㈱エステム 名誉会長、中同協会長〉


 総会のサブタイトルにもなっているエネルギーシフトに注目度が高まる中、その学習を全国で一斉に推進しようという第1分科会の開催となりました。折りしも当日はエネルギーシフトのハンドブックが発行され、期待が高まりました。
 鋤柄会長より「ドイツではエネルギーシフトへと舵をきりました。原発は安全神話が崩れ、一度手が付けられなくなると制御できない危険なエネルギーであることが分かりました。ドイツやオーストリアでは国民が考えたことが実行されているが、日本は明治以降変わらず中央集権で物事が決まっています。これからは市民一人一人が考えて決めることが重要であり、日本でそれが出来る団体は同友会だけです。それは利権的しがらみを一切持たないからです。先ず企業は省エネが必須です。
 2つ目には地域暖房やコージェネレーションシステム※など、エネルギーを地域で創り利用することです。3つ目に再生可能エネルギーの導入ですが、太陽光発電や地中熱利用などがあり、ゼロエネルギービルの実現などがあります」と報告があり、「来年の大阪定時総会では『中小企業家エネルギー宣言』に結び付けたい」と力強く締めくくりました。

   続いて平沼委員長からは次のような報告がありました。「エネルギーシフトとは省エネ、コージェネ、再生可能エネルギーの3つが柱です。そしてエネルギーシフトが必要な5つの訳とは、①エネルギー制約の改善で自給率の向上と自然エネルギーの利用推進、②ヒートショックのない生活の質の向上、③中小企業の新しい仕事づくり、④各地の再生可能エネルギーの利活用に挑戦することで地域経済の循環を創る、⑤地域や行政との連帯 以上を皆さんの各地域で見出してください。
 また5つの実践の視点として、①企業づくり、仕事づくり=経営指針に環境経営を方針化、②地域づくり=エネルギーや資源の地域循環の実践、③暮らしづくり=環境商材の開発や提供、④国づくり=国内外のエネルギー事情の把握や政策提案など、⑤同友会づくり=中小企業家エネルギー宣言(案)の学習 以上があり、全国で取組んで欲しい。公的機関や大手企業が取組んでいる大型エネルギープラントではなく、これからは分散型にすることで中小企業の出番になる、様々なメリットが生まれます。エネルギー問題の論点では生命存続の安全性を最優先事項とします。これが同友会の目指すエネルギーシフトです。

 国内の木材の自給率は27.9%でバイオマス発電用の木チップは不足しています。急速に大規模バイオマス発電への参入が増えましたが、燃料の供給量が間に合っていません。それは森林から木材を供給できる林業人口が衰退しているからです。大手企業のバイオマス発電は輸入バイオマス燃料をあてにし始めました。これでは本末転倒で意味がありません。日本では利権構造に依って動いていますが、これは民意によって打破しなければなりません。現在日本のエネルギー自給率4%は先進国最下位です。スウェーデンはエネルギー自給率220%、デンマークは120%です。新エネビジネスで一部の企業が儲かるものと、地域の自給自足によるエネルギー調達では意味が全く違います。ドイツがなぜ原発の廃絶の道を選んだのか?日本のような技術立国が原発事故を起こしたことから、自国も危ないという判断に至ったからです。
 2030年にはドイツは再生可能エネルギー比率50%を目指しています。日本は未だに舵を切っていません。せいぜい22~ 24%を目指しているところですが、エネルギー政策は国力です。分散型新エネは我々中小企業が連帯で作る必要がある訳です」
 

「中小企業家エネルギー宣言」採択に向けて

  今回の分科会では、既に実践に移し、環境経営を経営指針に入れて取り組んでいる企業の成功事例を多数紹介していただきました。企業づくりが強いては地域づくり、国づくり、そして地球の環境保全になる。このことに取り組まずに手を拱いている暇は無いと確信致しました。
 この分科会は終わりではなくスタートなのだと思います。ぜひ来年の定時総会では「中小企業家エネルギー宣言」採択を成し遂げましょう。

※コージェネレーションシステム:
 電気をつくるときの廃熱を暖房や給湯に利用し、エネルギー効率を格段にあげるシステム

【第5分科会】 同友会らしい経営指針にもとづく経営実践運動 ~社員とともにめざす企業像への変革を~

  報告者:玄地 学氏〈東洋産業㈱ 代表取締役、宮城同友会〉

 宮城県でビルメンテナンスを主業務とする東洋産業㈱は、もともと今回の報告者である玄地氏のお父様が経営されていた山形のケミカル産業㈱のライバル会社でした。玄地氏自身ケミカル産業の役員であり、東洋産業の安売り攻勢には幾度となく煮え湯を飲まされていたということでした。
 ところがその東洋産業が倒産するという噂が流れ、回りまわってケミカル産業にM&Aの話として来ます。結果、玄地氏が代表として送り込まれ会社再建に取り組む事になりますが、いざ会社に入ると驚きの連続です。まず事務所が汚い。倉庫には棚が無くて床に資材が適当に置かれている。日報や売上の回収予定表がない。それぞれ担当でないと何もわからない状態だったと言います。また、利益を無視して売上だけを追求する事の間違いも、この時痛感します。
 そうした中、厳しいことで有名な宮城同友会の「経営指針を創る会」を受講し、いざ経営理念を作ってみると「社員の笑顔が見えませんね」と、スタッフから容赦ない厳しい指摘があります。社長一人の思いでつくった経営理念は「会社のために頑張ろう!」というものになっていることに気づかされます。
 また10年ビジョンを作ろうとしても何も出てきません。「転げ落ちている会社が見えているのに、その事実を見たくないから『何も見えない』と言っている」という指摘に、経営者としての責任を痛感したと言います。毎月、土日2日間の「創る会」を半年間続ける宮城同友会の指針づくり。改めて自らの事業を「総合衛生プロデュース業」と定義し直すことで、一気に広がりが出来て新たな取り組みが見えてきたと言います。現状認識をする際は、内外の経営環境についてSWOT分析しながら情勢認識、時代認識を深めていきます。全社員で「企業変革支援プログラムStep1」に取り組み、到達点について全員の評価を比較検討しながら、社員の認識が社長と大きく違う項目、一番点数の低い項目を課題として認識します。「『労使見解』の立場に立ち、問題点の根っこのところを社員と共有する事で、お互いに何でも言える社風づくりが始まり、信頼関係を実感できるようになった」という言葉がとても印象的でした。
 

  グループ討論は各地同友会の「経営指針にもとづく経営実践運動」というものでしたが、どこも大変だという声が多く聞かれました。分科会のまとめとして、全国的に「成文化」は進んで来ているものの、まだそれが十分に実践出来ていない段階であること、指針で掲げた企業像へ近づくための成果を伴う具体的行動について、「Step2」を使いながら進めていく「運動」としての広がりをつくることが強調、確認されました。

【第8分科会】 後継者として社員と心を合わせ 自社の魅力でどのように未来をつかむ?

  報告者:柴田 玲氏
〈㈱東都ラバーインダストリー 代表取締役、埼玉同友会)


◆入社の経緯と同友会入会
 父の経営する会社の営業担当の社員が退職する事になり、その時に母親や親戚に誘われたのが入社のきっかけでした。当時は会社を継ぐことをあまり意識せず、いずれは継ぐことになるのかな、というような気持ちでの入社でした。
 当時は新しい人が入社しても1~ 2年で退職の繰返しで、魅力ある会社ではなかったのではないかと思います。入社して4年目に父親が体調を壊し、専務が社長になりました。その時私が工場長を任される事になりましたが、作業の進め方をめぐり、現場の社員と衝突し、時には退職に追い込んだこともありました。今考えると「人を生かす経営」の微塵もなかったと思います。業績自体もあまり良い方ではなく、経理を担当していた母親と叔母はいつも資金繰りに苦労している状態でした。
 入社してから8年経った時に同友会に入会。父親が埼玉同友会の創業メンバーだったこともあり何となく入会しました。思えばこの頃から少し承継を意識し始めていたのかもしれません。

◆苦難の事業承継
 入社9年目に経営指針づくりセミナーを受講しました。しかしほとんど作成することができませんでした。会社を継ぐ立場でありながら何も考えてないことが身に染みてわかりました。けれども、このセミナー参加により経営者の考え方が少し理解でき、意識が大きく変わり、31歳の時に継ぐことを決意しました。この時の気持ちは、とにかく会社を立て直すこと、それだけでした。
 社長交代を予定していた矢先に取引先が倒産し、弊社も倒産してもおかしくない最悪の状態になりました。状況が少しよくなり今後について考えた時、そのまま社長交代して承継するというA案と、新しい会社を起こし借金は前の会社で父親に背負ってもらうB案の2つの案に絞りました。ほぼB案に決めたところ、弁護士から「B案で進めることによりどれだけの方に迷惑がかかるかわかりますか? 自分の事だけ考えて軽々しくB案で進めてもうまくいく訳がない」と一喝され、何
も解っていなかった自分に気づかされ、改めてA案での再建に覚悟を決めました。この時が本当に事業承継する覚悟をした気がします。
 このころ、年齢も近いTさんという方が一緒に働いてくれる事になり、なんとか会社再建に向けて再スタートしました。Tさんとは二人三脚で、まさにパートナーという関係でした。そして承継を決意してから約2年後、社長就任となりました。

  ◆承継後の順風満帆な4年間から若手社員の退社
 社長に就任し半年が過ぎた頃、紙幣が刷新されることになり、これに伴い機械を一新することになった取引先の受注があり特需となりました。約1年間この特需が続きました。過去にありえないような利益となり、過去からの借金はあるものの大幅な債務超過は改善しました。その後、高校の新卒採用も行い、どんどん良い雰囲気になり、今思うと、経営者として天狗になっていた部分もありました。就任4年目に父が癌で他界しました。この時たくさんの方が弔問に駆けつけてくださり『B案を選ばなくて良かった』とつくづく思いました。
 その頃、約5年間休んでいた同友会に復活し、2回目の経営指針づくりセミナーにも参加しましたが、この経営指針が完成する少し前に、二人三脚でやってきたTさんが退職したいと申し出てきました。できたばかりの経営指針を見せてこういう事を今後やっていくから一緒に頑張ろうと話しましたが彼が思い留まる事はなく、退職の時に「自分をパートナーとして見ないようになった」と言われました。彼に任せきりの部分が多く、コミュニケーション不足もあり、パートナーとしての
関係をうまく築けていなかったのだと思います。Tさんの退職が決まったころ、相次いで4人が退職することになりました。
 たまたま神風が吹いて会社の立て直しはできましたが、本当の意味での立て直しができていなかったのだと思います。その時は社員全員が敵になったような気がしました。もっと社員と向き合っておけば良かったと思いました。今考えると労使見解への第一歩であったと思います。

  ◆「同友会での学び」と「企業づくり」
 同友会では様々な学びがあり、その学びを通じて経営者としての自分自身も少しずつ変化していったと思います。そこからの変化を科学性・社会性・人間性から考えてみました。
『科学性』:自社の立ち位置の把握や、変化に対応していくことは比較的実践できたと思います。例えば、日本の製造業の宿命の【短納期】【少量多品種への対応】【品質(技術)強化】を徹底して、それを自社のホームページでアピールして新規顧客や新分野への参入などに繫げていきました。
 『社会性』:事業を通じての企業使命、自社の存在意義のところが確立されてくるにつれ、経営理念の中の「ゴムを通じて、困っている人を助ける」というような社会的な使命が入るようになってきました。地元高校生のインターンシップ受け入れや、親子工場見学の実施、地域のものづくりグループへの参加など、地域の中でできることをやろうと考えました。会社の存在価値を高めていくことが地域のため、社会のためになると考えるようになったのです。雇用の創出という使命に
ついても考えるようになり、社会的責任者として地元から雇用する事が大事と考え、現在は新卒者の定期採用を継続しています。 

 『人間性』:経営指針を共有することが大変難しく、幹部はある程度理解してくれましたが、なかなか現場で働いている社員には伝わらないことが多々ありました。色々と伝えても、伝わり方はそれぞれで、本人が同じように思ってくれなければ押しつけになります。同友会型企業づくりを目指したいと考えますが、どうやって実行するのかは今も課題です。
 4名の社員が退職した後に採用した者の中で、伸び悩む社員が出てきた時、社員からは「面倒を見きれない」と不満の声があがりました。なんとか面倒を見てくれるようにお願いしましたが、私の中に、本質での人間尊重ではなく彼がいなくなると仕事に影響するといった、会社都合の部分が多かったのではないかと思います。ただ幹部社員にも、人の良いところを見つけて伸ばそうとするなどの変化が出てきました。結果、彼はスピードは遅くとも成長しており、今では材料成形の部分を任せられるまでになりました。
 そんな実践をしていく中で、今一番大切にしていることは社員と向き合うことで一人ひとりの技術に合わせた事をやっていくことだと考えています。一方で、会社の業績も上げなければならないので課題は常にありますが、人が育つような会社をつくっていきたいと考えることはブレていません。

◆成果と課題から考えるこれから
 経営指針の共有についてはまず、幹部メンバーでの共有を徹底しました。経営チーム会議を発足し、目指す方向、目指すものについて少しずつ議論をしていきました。時間がかかりましたが、すり合わせることは出来ました。そしてそれが各部門中で浸透し、少しずつ共有し影響が出つつあります。
 また『東都ラバー通信』というものを発行し、毎月給与袋の中にいれて自分の思いや、会社が目指すものについて伝えることをしています。
 新卒採用については、それまで年が明けてからぎりぎりで募集をして採用していましたが、共同求人活動を知り、多くの企業の中から選ばれる企業にならなければならないとも感じ、今年から正攻法で行こうと改め自社の魅力をもっと磨き上げ、客観的に判断していこうと思っています。強靭な経営体質を作って行きたいというのが今後の課題でありテーマです。これから弊社も良い時も悪い時もあると思いますが、それを社員と乗り越えられる力さえつけておけば厳しいときでも乗り越えていけるのではと思います。
 事業継承にはさまざまな形があるかとは思いますが、どんな形であれ、大切なのは経営者の覚悟なのではないかと思っています。   

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