同友会ニュース−活動報告

2015年度全県経営研究集会~「人を生かす経営」の総合実践~

記/念/講/演

【100年後の未来をつくる】 
~逆風に負けない「小さな一流企業」が地域を守る~

◆講師:田村 滿氏
㈱ 高田自動車学校
代表取締役社長 
岩手同友会代表理事

小さな一流会社を目指して

   私はドライビングスクールを4校、陸前高田などに経営しています。1968年に父が創業し、1971年に私が入社し、同年12月に労働組合が結成されました。「どんな性格かもわからない若造に任せておいてはいけない」と、組合ができたわけです。1978年に常務取締役になりましたが、当時は岩手で最も強いと言われるような組合組織になり、本当にまいりました。頻繁にストを起こすのですが、ストの中でも『五月雨スト』というのが一番まいりました。例えば9時からスト開始と連絡がありますと、こちらも教習生の予約を入れないようにしたり、対応を取るわけですが、そうすると急にスト解除をしたりするようなことがしょっちゅうで、ほとほと困りました。
 そんな中、専務取締役になった翌年の1989年、経営指針を発表しました。けれども労働組合の人たちの反応は惨憺たるものでした。労働組合の社員たちと揉めているとき、ずっと言い続けていたのは「小さな一流企業にしよう」ということでした。一流企業とは規模の大きさで決まるとは、私はとらえていません。『社会的にも高く評価される社内文化を持つ企業』と、私は位置づけているのです。例えば大企業と言われるようなところでも解雇などを平然と行う会社は一流企業とは言えないのではないかと思うわけです。
 日本は200年以上続く会社が世界でダントツ多い。そんな企業を目指し、そしてそこに自分の子どもを勤めさせたいと思える会社、これを目指したいと思っています。愛知に大工さんを100人くらい雇用している会社があるのですが、その中には親子で働いている方が8組もあるそうです。親が子に「うちの会社に勤めろよ」と言えるような、そういう会社にしたいと、社員にもずっと言ってきました。
 徐々に組合員も僕の考えをわかってくれるようになって1996年に本社移転をするころには、もう組合はありませんでした。そして合宿免許を本格的にはじめ、2001年に社長に就任しました。

自社の地域での存在価値とは

   自動車学校は構造不況業種です。つまり、世の中が好況、不況に関わらず、構造的に不況なのです。理由は18歳人口がどんどん減ってしまうからです。そんな中で日通山形校を引き受けたのはなぜか?と聞かれます。この日通山形校は過去7年間のうち、6年間は赤字なのです。どうやって経営していけばいいのか。同友会ではよく問われていることですが、我が社でも次のことを社員に話しました。
・何のために経営しているのか?
・どんな会社にしたいのか?
・社員をどう見ているのか?
・我が社は何を売っている会社なのか?
・我が社のお客様は誰なのか?
・地域にとって我が社はどんな存在なのか?
 特に考えるのは、最後の一文の『地域にとってその会社はどんな存在なのか』ということです。地域の中で競いながら、なんとか地域に根ざしたいと思い経営をしてきましたが3.11が起きたわけです。当時は売り上げがゼロになりました。そんな中、いろんなことをしました。我が社が物資の保管所になりました。ボランティアセンターにもなり、燃料の給油所にもなりました。全部で200箇所くらいの被災所を回って、物資が足りないところに直接送り届ける作業もしました。
 また『けせん朝市』を企画し、みんなで行動に移していくことができ、これは非常に得がたい、嬉しい経験となりました。そういった状況の中、私がいつも考えていることは何かというと、経営は変化に対応したものだけが生き残るということです。
 こんな畳屋さんの例があります。現在、なくなっていく畳屋が多い中、やりようによっては、とても繁盛しているところがあるという事例です。山形県寒河江市に鏡芳昭社長(㈲ 鏡畳店 山形同友会会員~事務局注~)という国産い草にこだわって事業を成功させている人がいます。彼は畳の需要が住宅様式の変化などで下落する中、い草の産地を訪れ、その過酷な農作業を目の当たりにし、い草への考え方が変わりました。国産い草の本当のよさに気がつかず、売り上げだけに目を奪われていたことに気がついたそうなのです。彼は畳離れと言われる今、逆にチャンスだと言います。今や畳敷きの部屋はどの家庭でも一部屋ぐらいしかないので「一部屋なら多少高くても品質の良いものを入れてみては?」という勧め方が受け入れられやすく、いいものを適正な価格で販売する戦略が功を奏し、売り上げを伸ばしているそうです。

民間の復興まちづくり会社をつくる

   同友会の『三つの目的』の一つに『よい経営環境をつくろう』というのがありますが、自分たちにできるのは産業を起こしていくことだろうと思いますので、未来のビジョンをつくろうと、なつかしい未来創造株式会社をつくりました。これはソーシャル・ビジネスという考え方に基づいています。ソーシャル・ビジネスとは社会的な課題をビジネスという形で解決していこうということです。現地では社会的な課題はたくさんありますが、その一つに取り組もうとしています。
 例えば、全国で学校に行けない不登校の子どもがたくさんいます。その子どもたちをなんとか救おうと動いています。千葉県の八街にある東関東馬事高等学院という学校とタイアップし、来年からスクーリングをやろうと考えています。なぜこんな活動を始めたのか。若年無業者ということをご存知でしょうか。全国に約100万人、仕事に就いていない若者がいるそうで、労働人口が減っていく中、そういう人たちを戦力化するということがとても大切なのではないかと考えたからなのです。
 なつかしい未来創造株式会社では将来的に500名の雇用を生み、10年後に発展的解消を目指しています。今40名の起業家を育成している最中です。1社10名の雇用を生んだとしたら400名の雇用が可能になる。決して難しい話ではないわけです。

思考を鍛えて発想を変える

   よく地産地消と言いますが、少し発想を変えて自分たちで消費するものは自分たちで作っていこうというのが地消地産です。エネルギーだって、地産地消の考えでは生まれないけれども、地消地産の考えだと出てくるわけなのです。できるだけお金がその地域でまわる仕組みをつくっていくべきではないかと考えています。
 立教大学の山口先生も「経営者は思考を鍛えることが大事」だとおっしゃっていますがその通りだと思います。例えば、こんなことも思考を鍛えることの一例だと思います。震災当時、弊社は「一人も解雇しない」と言いましたが、周りの経営者にもなんとか雇用を守ってほしいとお願いしました。そんな中で、雇用保険の給付金は失業者にいきますが、それならば、国から雇用を守った企業にお金を出してもらい、その企業から100パーセント給料を出せば雇用が守れるのにと考えました。こんなときこそ、CSRに訴えて、大企業で基金を募ってくれることができないだろうかとも思いました。たとえば一社一億でも100社あつまれば 集まったお金を中小零細企業に貸して、3年後から返済していくようにすれば、いいのではと考えました。
 そういうことを考える、思考を鍛える時間を持つことは、経営者に必要なことだと私は思います。

日本人のDNA

   日本人には、本来『利他』の遺伝子が受け継がれていると思うのですが、その遺伝子が3.11以降目覚めたのではないかと、私は思います。今年のハロウィンの翌日には街にごみを拾う多くの人の姿がありました。昨年のサッカーワールドカップでも同じようにゴミを拾うサポーターの姿が多くの人の共感を呼びました。他にも、それに類似した事例は多くあります。それまでの利己的な、自分がよければいいという考え方とは間逆で、そういうDNAを持つ日本人はこれから出番が来ると言われています。日本人の調和の精神がこれからの世の中に不可欠です。そして中小企業家同友会には、そういう調和の精神が根付いているのだと私は思っています。

【分科会報告】

2015年度全県経営研究集会が、11月17日に川越市のウェスタ川越で開催されました。第1部は6つの分科会に分かれて学び合い、グループ討論では活発な議論が交わされました。また、当日午前中に『地中熱と太陽光による省エネ経済効果学』を掲げたオプショナルツアーを実施し、ウェスタ川越の再生可能エネルギー施設を視察しました。以下に分科会・全体会・懇親会概要をご紹介致します。

第1分科会:経営労働委員会

  経営指針で社長が変わっただけでは社員は変わらない!
付加価値を創造~社員と共に[堂々と値上げ]できる会社づくり~


報告者:奥津雅史氏 〈㈱ 54 代表取締役兼CEO〉

 以前、奥津社長の経営する焼肉店に食事に訪れた際には、私の家族、親戚全ての者に「また『やっちゃん』に行きたい!」と言わせ、「また食べたい」と食通の母親をも唸らせました。多くのリピーターが通う人気焼肉店を経営する奥津社長に興味を持ち、今回、分科会に参加しました。
 敏腕経営者の順風満帆な経営報告を聞けるとの期待は大きく裏切られ、順調かと思われた経営は、会社内外の環境変化により猛烈な台風の目に突入していたことを知ることになりました。

   開業時、「味に絶対的な自信があるから問題なし!」の勢いで他店と営業時間を変え、17:00~ 5:00までとした結果、大当たり!売上は一日100万円になったことも。しかし今気がつけば、それはバブルの真っ最中であったと。その後、リーマンショックや飲酒運転取り締まり強化という逆風が吹き荒れ、また、食中毒事故、嘘をつき遅刻を重ねる社員の存在も追い討ちをかけます。同友会には誘われて入会。実は入会時の意識は、自分が学ぶというよりも、同友会には社員研修等もあるから、社員の意識を変えさせてやる!といったものだったそうです。その頃は自分ではなく社員に問題があると思っていたのです。勧められながらも経営指針セミナー受講は入会以来何となく避けてきましたが、地区会長を受けるにあたって、覚悟を決めてセミナーに参加。その結果、今まで自分に足りなかったもの・見えなかったものが明確になりました。指針セミナーで学び気づいた「焼肉を売るのではなく、地域の元気を売る!」ことに全力を注ぐことで、現在の地元に愛される大繁盛店になりました。
 以下報告の中で語られた印象的な言葉です。経営者と社員のベクトルを合わせ、社員と共有するために理念を見える化し、社員に決定権を与えられる信頼関係を築くことが重要。売上を上げることだけに集中せず、自分たちの幸せのためにお客様に喜んでもらう仕事をすることで結果売上が上がる。過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分だけ。
 経営理念を作成して自己満足することなく、社員やアルバイトスタッフにわかりやすく共感を得られるような雰囲気をつくり、社員と共に学ぶ土壌を作ることが大事であることを学んだ分科会でした。

第2分科会:共同求人委員会/社員教育委員会

  人に向き合い未来を語れば人は育つ
~雇用と育成で企業と地域に人を残す~

報告者:佐藤全氏 〈㈱ ヴィ・クルー 代表取締役、中同協
    共同求人副委員長・宮城同友会 副代表理事〉

 第2分科会では宮城同友会の佐藤全氏の「人に向き合い未来を語れば人は育つ」をテーマに、企業が永続的な発展を続ける為の、採用、育成、定着の人材戦略についての報告を頂きました。
 放送作家だった佐藤氏が、父親から声がかかり父親が経営する会社に入る事に。入ってみてわかったのは、過剰な設備投資や、取引先・社員からの悪い噂、経営はトップダウンで決まり、社員には夢や希望がない、ビジョンもない技術力もない、取引先に信用もない等、問題山積の会社でした。会社全体がマイナス思考だったと言います。
 しかし「逃げない覚悟」を決めた佐藤氏は、経営が厳しい状況の中、まず新卒採用から始めたそうです。当初は採用しては辞められ、採用しては辞められの繰り返しでしたが、地道な努力を重ねた結果、少しずつ社員が定着し、新卒採用も軌道に乗っていったそうです。次に取り組んだのはマイナス思考からプラス思考へ社風を変える事でした。まずは社員に夢を語る事から始めたそうです。

   繰り返し社員に夢を語る事で、「俺たちもやればできる」という気持ちが社員に少しずつ芽生えていきました。すると社員が夢や希望を持ち、ビジョンを語り、モチベーションが上がることで、技術力も向上しました。会社の信用が増し、うまく回り始めると同時に他社との差別化戦略を進めていったそうです。新しい塗装技術を取り入れたり、新部門を立ち上げたりと、会社は順調に進んでいきました。
 しかし一方では、新卒採用の現場では課題が重なり悩みもあったそうです。ある人に「あなたの会社は社員が働きたくなるような会社なのか」と問われ、「はっ」と自社を振り返ってみました。
 そんな時、ある先輩の勧めで同友会の例会に参加した佐藤氏は、同友会の学びや会員たちのサポートもあり入会を決めました。経営指針セミナーに参加し理念を作成する中で、10年ビジョンに取り組み、そのビジョンを新卒採用に生かしていったそうです。そして社員と一緒に取り組んだビジョンを本当に10年で達成。逆境の中、経営理念を軸に自社の強み(科学性)を生かし、メーカーへと業態を変え、企業使命(社会性)として、顧客がまた乗りたいと思う車づくりを行い、中古部品を使うことで業界に新しい風を吹き込みました。
 また、社員と共に成長する(人間性)ため、どうしたら仲間を大切にし挑戦する気持ちを持ち続けられるかを共に考えながら、労使見解を基に社員が働き甲斐のある会社を目指します。自社だけでなく地域も含めて成長していく経営を目指すことも、会社が厳しい状況で始めた新卒採用がすべての基になっているという心に残る報告でした。
 今回の報告で参加者の新卒採用についての認識が変わり、グループ討論でも時間が足りないくらい活発に意見交換をしていたのが印象的でした。グループ発表でも討論の内容だけでなく、共同求人委員会に要望が出たり、質疑応答は、佐藤氏が時間内に答えきれないほど多くの質問がありました。
 今回の報告を聞いて気づいたことは、どんな状況でも覚悟を決めてプラス思考で考え、失敗を恐れずに挑戦し続けることが良い経営の一歩になると思いました。

第3分科会:障害者雇用推進委員会

  ヤオコーに学ぶ障害者雇用の取組み
~共に働き、共に学び、共に成長してきた実践事例から学ぶ~

講師:山内桂子氏
    〈㈱ ヤオコー 人事部人事サポート担当・職場適応援助者〉

 第3分科会では、㈱ヤオコーにおける「障害者雇用の取組み」について、人事部人事サポート担当(第2号職場適応援助者)山内桂子氏に講演していただきました。15年以上障害者雇用に携わり、紆余曲折を経て現在の法定雇用率2.30%を達成したことを淡々と時に熱っぽく語られる山内氏の姿が印象的でした。氏は、初めに会社の経営理念「生活者の日常の消費生活をより豊かにすることによって地域文化の向上・発展に寄与する」から入られ、なぜ障害者雇用に至ったか。その経緯を話されました。

  ヤオコーにおいても障害者雇用は簡単な道のりではありませんでした。店長・次長会議を重ね、試行錯誤の末にたどり着いたのが「障害者雇用の基本方針」であり、これがすべての問題の解決につながったとのことでした。障害者雇用の基本方針とは、①店舗にあって健常者同様に障害者が活躍できること。②必要な人材であることを全従業員が認識すること。③一店舗に1人を配属し、定着を確認しさらに追加配属したこと。④障害者の人件費を本部の人事部が負担することで、現場は人件費を気にすることなく障害者を生かすことができ、戦力として位置づけることに成功したことです。この件は、報告後に行われたグループ討論でも話題になりました。
 次に採用までの流れについて、そのシステムを詳細にご報告いただきました。印象深かったのが、店舗実習(就労前実習)と30項目に及ぶ実習評価でした。そして、採用前実習の重要性が改めて浮き彫りになりました。なお、採用の目安として作業スピードは健常者の50%とし、最低限度の基本的生活習慣が身についていること。パート従業員に準ずる勤務が可能なことなどが挙げられていました。
 さらに障害者の雇用定着に向けた具体的取組み方として、全障害者を対象に、家族等にも開かれた「フォロー研修」の実施が挙げられました。また、何よりも山内氏ともう一人の担当者が、定期的に120店舗すべてを巡回していることでした。日々のきめ細かな対応で、現在213名(長時間勤務者166名、短時間勤務者47名)の障害者が健常者と共に活躍しているという現場の報告でした。
 障害者を雇用している企業もこれからの企業も、この分科会を通して障害者雇用に対する考えが変化し、意識が高まったのであれば、企業として大きな一歩を踏み出す機会になったと思います。  

第4分科会:女性経営者クラブ・ファム

  業界の常識より『顧客のあったらいいな』に商機あり
~女性的な細やかな感性が新事業を生む~


報告者:岡野美紀子氏
   〈㈱ 栄港建設 専務取締役、神奈川同友会副代表理事〉

栄港建設のこと
 栄港建設は営業部がない会社で、この会社から生まれた事業、ahed※(1 動物病院やドクターの抱える問題を解決するチーム)とWHAIS※(2 女性の建築家、デザイナーからなる女性のためのコンサルタントチーム)が情報発信の場であり、ahed、WHAISにとっても栄港建設が情報をお互いに補完し合う関係で成り立っています。
 バブル崩壊後、社会から必要とされる強みや個性について自社を見つめ直し、事業継承するという覚悟ができた時、社長を務める弟さんは営業、岡野氏は経営者としての勉強をする事になり、自覚と学びを得るために同友会に入会しました。経営指針を作成し、社員と共に良い会社づくりを目指し、現場との一体感、安全対策、現場の大変さ、喜びを共有できる体制づくりを心がけてきました。そしてリーダーとして社風づくりに取り組む女子社員がこれを支えています。

ahedのこと

   バブル崩壊後、国は政策として建設業界に介護リフォームを推進する政策を打ち出しました。それに対し岡野氏は、独自性を打ち出し自分たちの強みを持たなくてはという強い思いがありました。そんな時、獣医師からリフォームを依頼された事でつながりが生まれ、「動物病院のコンサルティングはどうしてないの」との声を受け、動物病院のフォローをしようと始まったのがahedです。
 ahedを通じて建築家とパートナーとして仕事をすることができる存在になり、現在、若手の建築家を育てる場となっています。喜びを共有する人が沢山いることは明日への活力に繋がると感じ、このことがWHAIS設立に繋がっています。

WHAISのこと
 2009年頃、リーマンショックがあった厳しい時に女性建築家が独立していきました。仕事がない時にahedの紹介で女性医師の開業に関わることになり、その仕事は大変好評を得ました。その経験から、女性の為の女性だけのチームも良いかもしれないという思いでスタートしたのがWHAISです。活動の源は大きな企業とタイアップして開催するセミナーです。女性経営者全国交流会にも積極的に参加し、経営者としての勉強を重ねています。現在、店舗を手がけたことから縁が生まれた日本茶業界に新しい風を送りこもうと、日本茶プロジェクトに取り組んでいます。

大切にしたいこと・これからのこと
 仕事をする中で自分を磨き、人とつながる事で相手を思い、恥じない仕事をしようと心がけています。関わる人たちと同じ土俵に立つことで、可能性ややるべき事が見えてきました。日本の建築業界のすばらしい技術と伝承、人手不足を海外の人に託すことも一つの方法かもしれません。

岡野氏の報告を聞いて
 いくつかターニングポイントがある中で、状況を見誤ることなく新しい方向へ踏み出していった。『あったらいいな』をキャッチする能力を経営者は要求されており、今までの既成概念にと
らわれない新しい事に挑戦する姿勢が必要だと感じました。

※1 有限会社アヘッド(animal hospital expert design)
※2 一般社団法人 WHAIS(Women’s Housing,Architecture and Interior Specialist)

第5分科会:青年部

  青年経営者の目覚め
~絶対諦めない。失敗を学びに~

報告者:斉藤大介氏 〈㈱ インティブ 代表取締役〉

 「今日の話に格好の良い話は全くありません」。そう話し始めたのは、大宮南地区会 青年部に所属する斉藤大介氏でした。プレ報告は何回か行ったものの、同友会の報告は今回が初めてだった斉藤氏ですが、堂々とした力強い声で話し始めました。
 サラリーマン時代、営業職だった斉藤氏は、尊敬する先輩にも恵まれ一心に働き、支店長まで任せられるようになります。しかし、仕事一筋でいたため家庭を顧みず、家庭は崩壊してしまいます。一番ひどい時は、斉藤氏自身がお客様の目の前で倒れて、そのまま入院してしまうほどでした。その時お医者さんに診断された病気は「自律神経失調症」でした。
 この時の経験から、「一番近くにいるパートナーや家族に見放されたら終わりである。プライベートが充実している人は良い仕事をする」ということを学び、現在も会社で社員さん達にこのことを繰り返し話しているそうです。
 その後、会社の尊敬していた先輩も退社し、会社内に目標を見出せなくなり退職。少し休んだ後、格闘技が好きな友人と一緒に格闘技バーを開店することを決断します。その当時のことを、「根拠はないが、自信だけはあった」と語ります。一緒に始めた友人からは、開業前日に「今後は友人を辞め、社長と呼ばせてもらいます」とメールが来るほど強い決意で始めました。

 しかし、「無知は怖い」と話すように、開業時に資金調達に苦戦したり、改装業者にぼったくられる等、様々な苦労が続きます。開業直前に再婚したこともあり、本当に忙しく大変だったと当時を振り返ります。ところが開業後好調だったのは、2ヶ月程度で、その後は急激に売上が落ちて行きます。ちょうどリーマンショックが起きた頃でもあり、チラシ配り、法人訪問営業、社長一人での深夜営業等必死で努力するも解決の糸口が見えませんでした。家庭にお金を入れられない月もあり、この時が最も苦しく、悔しい時期でした。この思い出は今でも辛い時に思い出すと、今の辛さはあの時に比べたら大したことないと奮起できるそうです。
 ビラ配りを何ヶ月も続ける中、大宮駅近郊に結婚式の2次会帰りの方達が多いのに着目し、結婚式の2次会に特化した店舗運営を開始。当時はあまりなかった、シャンパンタワーやレーザーライトのサービスも始め急速に売上を伸ばしていきます。その後も足をとめることなく、お客さんのニーズに応え続け、業界の常識を破る2次会専門の貸衣裳事業を始めます。
この貸衣装の事業を続ける中、営業先の社長から同友会を勧められ、最初は付き合いのつもりで入会します。
 入会してからすべての地区例会と青年部に参加し、「学ぼうという気持ちがあれば、全ての例会が学びとなる」と一度も欠席せず、貪欲に学んできました。順調に見えた矢先に、7年間勤めた社員が退職しました。その時彼が言ったことが、「5年後、10年後の自分の未来が見えない。結婚を考えた結果、転職しようと思います」でした。業界の中で、決して待遇は悪くなく、会社の新事業が軌道に乗り始めたところでのことで、大変苦悩します。
 そして、社内の全体ミーティングの際、社員への謝罪と、「未来を語れる経営者になる」ことを約束しました。しかし現在、具体的な行動は殆ど実行できていないそうです。今でも社内全員で、自分たちの会社の存在意義を議論する等、模索を続けています。現在進行形ながら、斉藤氏の熱い報告に参加者全員が得るものがあったようでした。  

第6分科会:見学

  業界地域トップ企業に学ぶ「最高の」ホスピタリティ
~おもてなしの心と感謝から顧客に感動を~


講演者:藤田博子氏 〈㈲ アイワメディカルサービス 代表取締役〉

 第6分科会の学びは、愛和病院へのバスの中から、始まりました。AIWAグループの理念を座長に読み上げていただきながら、その磨きあげられた、企業精神を確認いたしました。その後、病院内を5グループに分けて見学しました。各グループには、おもてなし係スタッフが各1名付き、案内をしていただきました。
 院内は随所にアイワメディカルサービスの精神を表す施しがなされています。清潔、安全であることは、もちろんのことですが、プロの活けたアートフラワー、優しい温かな絵のリトグラフ、アロマ、インテリア、カフェスタイルの食事など、徹底した「本物」のサービス、夢のよう空間に、女性参加者の一人は、「もう一人産みたくなるね」と思わず発言。おもてなし係のスタッフの一人は、愛和病院で出産後に、「ここで働きたい」と思い、就職したそうです。求人、人財に関しても、素晴しいサイクルが機能しています。

   見学後、藤田社長から、経営体験報告をいただきました。今では、年間分娩数2800の日本第二位を誇る産婦人科病院ですが、藤田夫妻は、長野県の飯田市から、縁もゆかりもない川越に1973年に移り、その地で開業。川越の歴史ある土地柄は、当初大変なご苦労がありました。しかし、なにくそ! と、不屈の精神で前進してきました。スタッフが50名を超えた時点で労務管理等がとても大変になり、(有)アイワメディカルサービス、㈲アイワプランニングを立ち上げました。
 グループの根幹は、経営企画と病院運営の両輪で成り立つという理論。理念のもとコスト管理をし、利益を維持しながらアイワを支えるために、藤田社長は奔走してきました。ピラミット図で示された、頂点にはお客様(患者様)であるということ、また医師も、サービス従事スタッフも手を携えてチームで出産をサポートする態勢に、驚きと感銘を受けました。わかりやすく、共有しやすく図に示された、チームの形は大変学びになりました。
 患者のウォンツに応えるハード面の充実とともに、スタッフの教育にも力を注いでいます。思いやり、優しさ、寄り添う気持ちのための多くの研修が行われていました。清掃、職場体験、理念研修は、年に7~8回、障害者雇用、運動会、資格取得の支援。子育てをしながら、大学へ通いMBAの取得を目指している幹部社員もいるそうです。藤田社長は、「あつくあつく、人とかかわる。人で、イノベーションをおこす」と力強く、語りました。
 その後、㈱コマームの小松社長との対談があり、小松氏からは、「AIWAグループ理念から、科学性、社会性、人間性を読み取ることができ、理事長・理念(博子氏のアイワ文化)×イノベーション=付加価値ではないか」とまとめていただきました。
 すみずみまで、理念にもとづく経営を実践する空間が、素晴しく気持ちの良いものであると実感し、私自身、「本気の本物の」おもてなし、サービスを追及される藤田社長の姿勢に、学ぶことの多い見学会となりました。

オプショナル視察会

  地中熱と太陽光による省エネ経済効果学
~ウェスタ川越の再生可能エネルギー~


全研会場の「ウェスタ川越」の再生可能エネルギー設備の視察を参加定員15名にて行いました。今年4月にオープンした埼玉県と川越市の複合文化施設ですが、地域の特性や資源を活かした太陽光発電+地中熱利用+雨水利用の設備が備わっています。環境負荷を低減する工夫の他、非常災害時の活用も視野に入れた施設であることが分かりました。
 同友会ではエネルギーシフトへの取組みが重要課題に挙げられていますが、身近な最新事例としてどう活かされているのかを実際に視て聴いて経営者としての知識を向上する企画でしたが、最新設備故に残念ながらまだ正常に稼働していなかったために数値的に捉えることはできませんでした。県下でも指折りの立派な施設であり、今後が期待されました。

第2部:全体会

   大ホールに会場を移しての、全体会では久賀代表理事より主催者挨拶があり「同友会の人に照準を合わせた、人を生かす経営は、中小企業でしかできないことといっても過言ではない。日本では若者
の就労意欲の低下や少子化問題など、雇用に課題も多いが、働くことの意義をしっかりと伝えることができるのは、まさしく中小企業である」と激励しました。
 また、来賓として、土肥弘幸氏(埼玉県産業振興公社企業支援部長)からは「経営者同士のネットワークが生まれ交流をすることで、科学反応が起こりすばらしい成果が得られることと思う」との中小企業への期待を込めたご挨拶をいただきました。

第3部:懇親会

   花々に彩られた華やかな会場に「全国大会かと思った」との感想があちらこちらから聞こえる、盛り上がったムードの中、懇親会がスタートしました。
 政裕美子実行委員長からは設営の川越地区会へのねぎらい、関係各所への感謝の言葉に続き、「この全研で他の経営者と意見交換することで、今やるべきことに気づき、その気づきを自社に持ち帰ってほしい」と挨拶がありました。
 来賓の上田清司県知事からは「埼玉県は企業本社の数の伸びや、銀行からの企業への貸し出しも増えていて、総じて元気がある県である。個々の企業には課題があるかと思うが、その課題に取り組むヒントが同友会にはあるので、今日の元気を明日の元気に変えていってほしい」との激励がありました。
 その後、ご来賓による鏡開きで和やかな懇親会がスタートしました。初の試みとしては、分科会での模様をスライドショーで流し、本日を楽しく振り返る場面もありました。
 最後に次年度の引継ぎが行われ、川越地区会から川口地区会へハッピが渡され、来年度の成功を
誓い閉会となりました。

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