同友会ニュース−活動報告

2016年度 第43回定時総会〜本気の改革で時代の変化を乗り越え切り拓こう 「人を生かす経営の総合実践」・全県に同友会の学びを広げよう

【第1部】 総 会

   埼玉中小企業家同友会の第43回定時総会を4月23日(土)に開催し、約260名が出席しました。冒頭、久賀きよ江代表理事は「昨年度は新たに東彩地区会を立ち上げることができ、その新しい風が全県に波及することで、結果的に8年ぶりに会員数が1000名を復活することができた。障害者雇用推進委員会などの活発化も他県から注目されている中、今年度はさらに学びの進化と広がりを目指したい」と挨拶しました。来賓として、上田清司県知事をはじめ、行政、金融機関から来賓としての出席があり、上田知事からは「埼玉県はGDPにおけるシェアの過去10年間の拡大率が全国2位と健闘している。道路整備など、埼玉にいい条件が益々整いつつある。同友会は経営者同士が切磋琢磨し、学ぶ団体であると思うので、埼玉の利点を生かしつつ、交流し合いながら新しいものを生み出してほしい」と激励がありました。
 総会では、昨年度の活動報告、今年度の活動方針、予算等が審議され、全て承認されました。また、2015年度に各方面でご活躍された会員の方々の功労を称え、表彰が行われました。

【第2部】 記念講演

「どんな時も展望を掲げ、社員と共に人間らしく生きる未来へ」

衄木澤商店 代表取締役 河野通洋氏 (岩手同友会)


◆設立:昭和35年1月(創業1807年)
◆資 本 金:1000万円
◆事業内容:醤油・味噌製造販売

◆信頼よりも命令関係

   20年前、当時の社長である父が脳梗塞で倒れたのを機に、私は急遽、留学先より帰国し、3年ほど別会社に勤めた後、八木澤商店に入社しました。折しも大きな洪水被害が起こり、父をはじめ役員たちが賞与を半分にして欲しいと社員に頼みました。困ったときは、助けあうのが当たり前と思っていたのです。けれども、社員は皆、不満を口にしました。私は「結局は金か」と失望しました。だったら俺が売り上げを出してやるという気持ちになりました。
 当時は同友会に入っていなかったので、本を読んで勉強し、社員に相談もなく5 ヵ年経営計画や経営方針などをつくり、社内発表会をやりました。これは経営方針というより『命令指針書』でした。
「いつまでにこれをやれ。これをやれば給料が上がる」と。多くの社員は当然のごとく冷ややかな反応でした。けれども、なんとか支えてくれる人がいたので、数字だけが一人歩きし、伸びていきました。私はすっかりいい気になってしまいました。社員から「お前は俺たちの信頼関係をなんだと思っている」と言われても私は「そんなものはくそ食らえだ」と言い返す始末でした。

◆数字がすべてではない!?

   そんな中、中小企業家同友会に入りました。当時、宮城同友会は1000名規模で、食品関係の社長さんたちが揃っていました。これは売り上げが上がると思い、志もなく同友会に入ったのです。ほどなくして『経営指針をつくる会』に道場破りのような気分で参加しました。学ぶ気はゼロでした。27名の同期は半年の間に、どんどん変わっていきました。指針をつくる中で自身と向き合い、経営者としての自分が情けなくて涙する社長もいました。そんな姿を見ても「泣いてる場合じゃないだろう」という気持ちでいましたが、さすがに最後になると、私だけが変わっていないことに気がつきました。会社のお金と貴重な時間を使って、何も変わらないのは背任行為だと、自分の現状に愕然としたのでした。
 同期に螢凜・クルーの佐藤さんがいたので悩んだ末に相談すると「あんたのところで働く社員は地獄だ。あんたの話は数字しかない。そんなに利益が大切か?そんなに社長は偉いのか?」と言われ初めて社員の気持ちを思いやることができ「自分が社員の立場なら、とっくに辞めているな」と思いました。すぐに社員を集めて「これからの会社は経営者と社員さんが信頼関係をつくってやっていきましょう」と言ったのですが、手のひらを返したような言いように「何を今さら」というような空気でした。

◆同友会の真髄に触れて

   経営指針づくりに社員と着手したり、新卒採用に向けて学校を訪問したりと手探りで企業づくりを進める中、悩みの渦中にあった私がよく相談を持ちかけたのが、宮城同友会の若松事務局長です。若松さんはこう言いました。「河野さん、強い者だけが生き残る世の中をつくるより、みんなが安心して暮らせる世の中をつくるほうがよほど難しい。青臭いと笑われるかもしれないけれどそれができるのが中小企業の経営者だ。200年続く会社が世界一多いのは日本で3800社ある。二位はドイツで800社しかない。どれだけ日本の経営者が持続可能な社会をつくりあげてきたかわかるだろう。その持続可能な社会をつくることに真剣に取り組もうというのが中小企業家同友会だ。一緒にやらないか」。その言葉は私の心に響き、真剣に同友会に取り組む決心をしたのです。

◆つないだ手を離すな

   そんな中、陸前高田にも同友会を作りたいという気持ちが沸き起こりました。蟾眦勅動車学校の田村満さんに協力を求めると「30人以上集まる例会を連続3回開催できたら協力する」と言われました。執念ともいえる想いに応えて駆けつけてくれた方々のおかげで、なんとか3回の例会を開催し、念願の支部立ち上げを
成し遂げました。
 自分たちの地元の支部が誕生し、さっそく経営環境のことについて話し合いました。「世の中を悪くしたのは?」との問題提起に「我々中小企業の経営者だ」という結論に至りました。革新してこなかったから、新しいサービスも商品も生まれず、その結果、雇用を生み出すことができず、人が外に流出したのです。これは、逆に考えると、我々が頑張ることで地域がよくなることができる、という希望に満ちた考えでもありました。「自分の会社がよくなって、一社が一人でも雇用できるようにしよう。一社も潰すな。つないだ
手を離すな」というのが我々の発足時のスローガンとなりました。中小企業の7割は赤字といいますが、実際は9割が赤字でした。仲間の会社を潰したくないとの思いから、私は中小企業診断士の通信講座も受けました。それに基づいて、社長に腹を割ってのアドバイスもしました。グループ討論のときに顔色のよくない会員がいると、その会社を翌日訪ねて、黙って社長の話を聞きました。会員企業の従業員に対しても「もし社長に言いにくいことでも、同友会が相談にのるから相談してほしい、同友会ってそういう会なんだよ」と話しました。そういう関係性がちょっとずつできたところで津波が来ました。

◆一社も潰さないを合言葉に

   震災直後、行政機能が麻痺し、支援物資を仕分けることができない市役所に代わって、同友会が先頭に立ち200余りの避難所と孤立した集落に物資を届けました。
 私の会社も流されてしまいましたが、メインバンクの支店長は「絶対つぶさない。その準備はできていると」と答えてくれたのが、なんとも嬉しかったです。金融機関は、何もできないうちに資金ショートすることを防ぐために、しばらく引き落としを止め、経営者と資金計画を練るなどの対応策をとってくれました。これも、同友会の人脈を使って、この対応策があることを知らせることができたのです。
 ハローワークは一旦社員を解雇し、給付金で経営を再建し、その後、社員を呼び戻すことを勧めてきましたが、それはできないと思いました。家族も家も失って、社会的なつながりもなくなったら絶望して死人が出てしまう。だから同友会企業では雇用を維持しようと動き、実際経営者が亡くなってしまった企業以外は気仙支部の会員企業は経営を再建しました。町全体では6割しか再建できていないのに、です。助成金の申請に必要な決算書や事業計画は経営指針に記載してあったので、銀行の本店のバックアップがありました。このとき経営指針と同友会の大切さを、私たちは改めて身を持って知ることができたのです。
 その後、魅力的な仕事を作り出そうと50社500名の雇用を目標に「なつかしい未来創造株式会社」もつくりました。陸前高田は前年度、新規創業率全国市町村別第5位です。20〜24歳の若年就業人口も震災前以上になっています。地方消滅の危機が叫ばれていますが、中小企業経営者が本気になれば、消滅することはない。必ず光が見えてくると信じています。

【第3部】 懇親会

   第3部の懇親会は、設営担当の西部地区会のもと、終始和やかな雰囲気でした。2018年の女性経営者全国交流会のPRや、11月8日(金)に川口で予定されている全県経営研究集会のPRなども行われ、2016年度のスタートにふさわしい活気で満ち溢れたものになりました。

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