同友会ニュース−企業訪問

自分が変わる、会社が変わる。((株)計画設計 部長 米村寿史)

生い立ちから入社まで

 \;  高校卒業後1年間、熊本の設計会社に勤め、出張で東京に行くことになりました。2年半の約束でしたが、気が付くと20年が経ち、知らない間に常務となり東京本社を任されるまでに至りました。しかし、その会社はいわゆるブラック企業で、当時20名ほどいた若い社員は毎日残業で徹夜が常態化していました。彼らは熊本から派遣されていましたが、一週間もたつと「いま空港なので帰ります」と言って帰ってしまうような会社としての体をなしていない職場でした。
 社員からもう辞めたいと相談を受けた時、「辞めたい人は辞めていいです」と言ったところ、20人いた社員のうち3人しか残りませんでした。結局、私も本社の社長に「辞めます」と伝えて退職することになりました。

 \;  弊社の社長である佐久間さんとは以前から知り合いであり、ある日たまたま電話でやり取りをしている時に自分が会社を辞める話をしたら、「じゃあ、うちに来ればいい」と計画設計に誘ってくれました。当時私は退職後は個人で仕事を始めようと考えていて、前職を辞める直前に取引先から受注した一千万円規模の仕事のおかげで退職直後の不安定な時期をしのぐことができました。
 しかし、独立後はパソコンや開発用のソフトを備えていなかったため、佐久間社長に相談をしたところ快く受け入れてもらうことに。場所と必要備品の提供をしていただき、間借りするような形で計画設計に入りました。8年間は個人事業主として社内外注先のような形で仕事をこなしていましたが、当時の私は経営者としての心構えや行動ができていません。財務もドンブリ勘定で外注費もかさんでいたため、経営的にはギリギリでした。
 佐久間社長に相談して計画設計の社員となったのは一昨年の話です。前の会社で残った3人のうち1人は退職しましたが、もう1人は自分についてきてくれたので、今でも社員として一緒に働いています。

設計の道にすすむきっかけ

 \;  設計の道に入るきっかけは理数系が強かったことと、プラモデル等の物を作るのが好きだったことも関係しているかも知れません。熊本の地元では米村建設という本家の叔父が経営する会社に自分の父親が務めていたので、幼少の頃から土木という仕事は意識していました。残念ですが叔父のその会社はもうありません。もし父親の後を追い、同じ会社にいたら今の自分はなかったでしょう。

経営指針セミナーを受講して変わったこと

 (株)計画設計に入って佐久間社長を10年もの間見ていると、会社も社長も成長しているのがわかります。社内の美化に取り組み、床や備品を新しくするなど、佐久間社長の言動が変化したのも同友会に入会してからです。自分も同友会に入会して勉強する必要を感じて昨年、戸田・蕨地区会に入会しました。同友会での学びを通して、会
社が強化すべき部分や10年ビジョンを達成する為にいま何をしなければならないのかがよく見えるようになりました。
 また、多くの経営者と話せることや様々な経営体験報告が聴けるのは今の自分にプラスであり、会社の発展に必要不可欠なことだと思っています。  \;

        ▲指針セミナー発表会で修了証書を手に吉田経営委員長と

(取材を終えて) 

 米村さんは昨年12月に弊社のベンチマークに参加してくれました。弊社の全社一丸となっての行動や懇親の場づくりなどの取り組みを評価し、社風を感じていただきました。米村さんは入会2年目で仲間づくり委員長を任され、今後の戸田蕨・地区地区会の発展の一翼を担っていかれるでしょう。

【企業概要】

(株)計画設計
東京都北区滝野川6-76-9
エスポワールオチアイ3F
TEL:03-5907-7083
FAX:03-5907-7283

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