同友会ニュース−活動報告

【2018年度 第45回定時総会】 高い志を持って、企業づくり、地域づくり、同友会づくりへ挑もう 〜私たちが次の時代を切り拓く力になる、誰もが輝く社会の創造〜

【第1部】 総 会

 \;  埼玉中小企業家同友会の第45回定時総会を4月21日(土)に開催し、240名が出席しました。冒頭、久賀きよ江代表理事は「6月21日(木)〜 22日(金)に行われる第21回女性経営者全国交流会(以下、女全交)を成功させ、今年度1200名の会員数を目指しましょう」とあいさつしました。
 来賓として、上田清司埼玉県知事、清水勇人さいたま市長、山口栄二関東経済産業局産業部長のご出席をいただきました。
 昨年度の活動報告、今年度の活動方針、予算、役員選考等を審議し、全てが承認されました。代表理事を8年間務めた木下信次氏(大宮南地区会)が会長に、新しい代表理事として太田久年氏(東彩地区会)が就任しました。木下氏は「感謝しても足りないほど皆様から多くの深い学びをいただきました。本当にありがとうございました」とあいさつ、太田氏は「新体制のもと、埼玉同友会をさらに発展させたい」と力強く話しました。また、2017年度に各方面で御活躍された会員の方々の功労を称え、表彰が行われました。

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▲挨拶する太田新代表理事

【第2部】 記念講演

「人を生かす経営の総合実践
〜一人ひとりと向き合い築いた相互信頼〜

株式会社ヒューマンライフ 代表取締役 中山 英敬氏
福岡同友会相談役理事/中小企業家同友会全国協議会幹事長

◆創業/ 1998年1月
◆資本金/ 1000万円
◆事業概要/健康食品等のコールセンター業務


創業と資金繰りの苦難〜同友会へ入会

 \; 私は福岡県の生まれで、福岡を代表する麻生セメント(株)に入社しました。30年前の話なので、企業にフリーダイヤルはありません。私は営業担当者としてテレマーケティングの事業性を提案。企画に納得した経営陣は新たに専門会社を設立し、私は常務取締役の立場で経営を任されました。しかし、事業計画を順調に進め2年半が経過したとき、本社に告げられたのは事業撤退でした。
 本社と現場のズレが悔しく、「会社がやらないのであれば、俺がやる。」と、会社を辞めコールセンター業で独立することを決心しました。コールセンターは医療関係の緊急対応、各種機器の専門的な技術対応、営業窓口対応など業種によって求められるスキルや対応が違います。当社は健康食品の通信販売に特化した専門の小規模のコールセンターです。
 独立に向けて動き出し、地元の金融機関に融資の相談をしましたが、「実績も担保もない会社にはお金は貸せない」という結果でした。自分で資金を集めなければいけないと思い、何とか個人で800万円を集めることができました。その集めた800万円で必要備品の購入や事務所の立ち上げを行っていきました。

 \;  以前に営業をかけていた企業から祝儀代わりに仕事をいただきましたが、資金繰りは厳しい状況でした。悩んでいるときに、テレビ局の知人から「健康食品の(株)やずやが中小企業家同友会で勉強して業績を伸ばしている」と聞きました。すぐに入会して、経営指針セミナーを申し込みました。
 セミナーを修了し、経営指針発表会の準備を行いました。発表会当日は同友会の仲間をはじめ、先輩や知人など多くの方々を招き、セミナースタッフが応援に駆けつけてくれました。薄い指針書でしたが、経営理念とビジョン(現スローガン)「日本一のコールセンターになる」を発表しました。「『日本一』とは、会社の大きさではありません。『あそこに電話したときの応対は素晴らしい。いつも元気で明るくて、優しい気持ちや思いやりの気持ちが、どんどん伝わってくる』と言われるような、日本で一番、電話の応対が素晴らしいコールセンターのことです」と高らかに発表し、満足感でいっぱいでした。
 翌日、発表会に参加いただいた山口銀行の支店長から連絡があり、融資が決まりました。今でもとても感謝しています。資金繰りは一段落しましたが、会社はクレームだらけでした。同友会の先輩たちに相談すると「全国大会に参加しなさい」と言われました。

全国の学びの場で悩みをぶつける

 \;  2000年に京都で開催された中小企業問題全国研究集会に参加し、グループ討論で悩みをぶつけました。すると、「経営指針発表会に社員は参加していたのですか?」という一言が心に突き刺さりました。最初の発表会はコールセンターをクローズすることができず、経営幹部だけが参加していたのです。
 会社に戻ってすぐに実践です。1グループ3人の小グループ会議で、経営理念とビジョンから計画までひとつずつ丁寧に説明しました。全員に伝え終わった翌日、朝礼で全体に改めて理念とビジョンを語りました。しかし、社員は「そんなことできるわけない」と雰囲気は前より悪くなっていました。
 悩みを抱えて2000年の神戸で開催された中同協定時総会に参加します。グループ討論では「社長が上から目線で自分の思いだけ伝えていませんか? 社員の声には耳を傾けていますか?」同友会の仲間はすぐに課題がわかります。
 社員の声を聞くといっても非常に難しいです。声をかけるだけではなく、声を出せない原因は何かを考えました。現場を見ると、社員は毎日21時まで電話を受け付け、1日4000件にもなる伝票を21時から仕分けしていたのです。こんな過酷な労働環境では話す気にはなりません。
 仕分けだけをするサポートチームを配置しようと思いましたが、電話をとらない人の分は請求できないのです。考えた末、残業をなくすにはこれしかないと思い、配置を決断しました。残業はなくなり、社内の雰囲気が一変しました。精神的にも余裕ができたのか、社員の声が私にまで届くようになりました。今ではサポート・入力・配送・システムの4部門が立ち上がり、経営指針には「労働環境の改善と間接部門の強化」を明記しています。

全ては経営者の責任

 \; 2003年に10社の新規事業立ち上げを目指す多角経営に挑戦しました。自然とヒューマンライフに顔を出すことも少なくなり、現場担当者の「心配無用」との返事に安心していました。
 2005年に大口のクライアントから「最近会社の様子がおかしいですよ」と忠告がありました。すぐに会社に戻ると年末の繁忙期に約40名の退職者がでていました。「どうなっている?」と問いかけると「派遣会社から派遣を受けているので大丈夫」と言うので驚きました。日本一の電話対応をめざしていながら、人数合わせで仕事をこなしていたのです。理念からブレて目標が変わっていることに気づきました。
全ての予定を取り消して、一人ずつ個人面談をすると、不平不満の山でした。創業して初めて昼間の1時間コールセンターをクローズにして、全社員を集めて「全ては私の責任である」と話しました。また、「ありがとうの飛び交うコールセンターを目指して力を貸してほしい」と再建を誓いました。次の日から、コールセンターのど真ん中に私の席を構え、再建計画を打ち出しました。すると、リーダーたちが集まってきて「社長だけの責任ではありません」と泣いて謝ってきました。

社員の自主性が発揮され会社が変わる

 \; この大きな転機から社員の自主性がさらに発揮されるようになりました。直近の課題は採用と研修でした。40名もの退職者を出し猫の手も借りたい中に、新人が入るとその分ベテランが張り付きになります。新人を受け入れる人数は、2〜3人が限界です。また、社員たちが「1ヶ月半で1人前の対応ができるようになる研修プログラム」を作ってくれました。そこから1 ヶ月半毎に2〜3名の採用と研修を行い、2年間で元の人数に戻りましたが、以前とは比較にならない強固な体制になりました。一人ひとりが責任を感じていたからできたことだと思います。
 さらに、経営指針の作成を申し出てくれました。私は年度のテーマと方針骨子を打ち出し、部門ごとの方針・計画を社員が立てます。4月には社内発表会を社員全員で行い、12月に成果と課題を振り返り年間のPDCAを回しています。次に提案されたのがパートさんを含む理念研修会です。日本一の応対を目指す私たちにマニュアルはありません。応対の根っこにあるのは理念です。パートさんにまで「根っこ」を共有できるよう、最初は社長に話してほしいとのことでした。「我社の歴史と理念」という研修をつくりました。その後は社員同士が膝をつき合わせて話し合っています。
 最後に、当社が大切にしている4つのルールを紹介します。1.したいことをする2.伝わったかどうかは伝える側の責任3.違いを認め合う4.自分たちの頭で考える。4つのルールをもとに自主的に動き出す社員の力で自社が発展していることを感じています。

【第3部】 懇親会

 第2部に引き続き、行政や金融機関の方々が来賓としてご参加いただき、和やかな雰囲気で親睦を深めました。6月に開催される女全交や12月11日(火)に開催予定の全県経営研究集会のPRが行われました。中山・中同協幹事長からは会員増強と女全交開催に向けた熱いエールがあり、2018年度に向けて一丸となった総会となりました。  \;

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