同友会ニュース−活動報告

2018年度 全県経営研究集会〜分科会報告

【第1分科会】政策問題プロジェクト

元気な企業を育てることがまちづくり
〜八尾で暮らしたい!八尾で仕事がしたい! じゃ埼玉では?〜

 \;                  報告者:藤原義春氏
        〈(株)藤原電子工業 代表取締役(大阪同友会 前副代表理事)〉

 中小企業振興条例は、埼玉県では全国に先駆けて2002年に制定され、2018年12月現在、県内12自治体で同様の
条例が制定されています。2018年に条例制定された吉川市では、振興会議の議長に埼玉同友会の代表理事が就任するなど、同友会としても、条例制定やそれに基づく地域の活性化に積極的に関わっています。第1分科会では、大阪・八尾市の実践事例から学び、中小企業が中小企業振興条例をどのように活かし、地域の活性化につなげていくかを考えました。
 藤原氏は、1999年に八尾市で発足した振興会議に委員として参加しましたが、当初は理念がはっきりしない言葉だけの議論に見えました。「自社経営を見据えながら地域振興を考えなければダメだ」と感じた同氏は、理念をはっきり表に出そうと条例改定に取り組み、2011年、八尾市を「働きたいまち」「住みたいまち」にするために市民と連携することを明確にした条例理念がまとまりました。そして、条例改定を前後して活発な実践が行われるようになりました。

 \;  振興会議では新しい産業をつくろうと「有志の会」が立ち上がり、同友会八尾支部では事業領域を広げる活動に取り組みました。その成果は「ロボットのまち」「花が枯れない花瓶」「お湯を使わない足湯」などの新しい発想の製品に結びつきました。こうした活動は行政を動かし、2018年、中小企業の展示施設「みせるばやお」(見せる場八尾)がオープン。35社でスタートした同施設は半年足らずで94社に増え、2019年3月までに150社の出展を目指しています。
 藤原氏は「よい会社、よい経営者を目指すとは、よい経営環境、すなわちよい地域をつくることに他なりません。同友会こそが地域づくりを牽引できるし、すべきです」と呼びかけました。


【第2分科会】広報委員会

情報活用が自社の未来をつくる
〜時代を先読み未来予測〜

 \;                    報告者:宇佐見孝氏
           〈宇佐見合板(株)代表取締役 (愛知同友会 副代表理事)〉


 今回第2分科会は、同友会活動が盛んな愛知同友会副代表理事でもある宇佐見合板(株)代表取締役 宇佐見孝氏を報告者に迎え、同友会における活動報告や自社での情報活用の実践報告をしていただきました。
 自分を変えるために同友会に入会したという宇佐見氏。自分が変われば会社も変わります。自分が変わるためにはまず同友会で学んだことを実践することが大事です。その同友会には宝の山がいくつもあるといいます。その1つが県総会資料の中の「情勢と展望」です。そこには世界の情勢・日本の現状・愛知の状況が書かれており、そこから自分の会社の現状を分析し、先行投資をするための情報を収集します。そしてもう1つが景況調査です。景況グラフの波の底の時に設備投資や人材雇用などを率先して行います。投資をしなければ会社も変わりません。ほかにも各種アンケート調査の結果も昇給や賞与などを参考にしたりと会社経営に生かしています。こういうところは埼玉同友会においてはまだまだ回収率が低く、情報としての機能を果たせていないのが現状です。また毎月3回発行されている『中小企業家しんぶん』も時代の流れを読むために大いに活用できます。宇佐見氏の場合は新しい事業を始めるきっかけとなりました。全国情報交流会でエネルギーシフトの話を聞き、『中小企業家しんぶん』でペレットの記事を見つけ、すぐに会員さんに連絡を取り、ペレット事業を立ち上げました。

 \;  情報はどこにでもあります。自分が知らないだけ、気付かないだけかもしれません。いろいろな話にアンテナを向けておくことが大切です。今、世の中で起きていることが自分の会社ならどうかと置き換えて考えるのです。クレームが起きた時は研究開発のチャンスだと思うことです。また、情報はいくつか比べて精査することが大切です。知っている同友会メンバーに聞いてみるのも一つの手です。
 中小企業は発信力をどれだけつけられるかということがカギになってきます。社長は会社の広告塔です。自社の強みを具体的に私が今回のセミナーで勉強になったことは、10年後、5年後に向かい計画を立て行動をして行くことでした。今まで想いはありましたが、具体的に計画を立てては無かったので、計画を通して見えてくるもの、判断していくもの、今後の判断基準とするものが見えていい機会になりました。
 今回作成したものを基にして自社の増強につなげていき、結果を出し続けていきたいと思います。
また、厳しくも愛情のある率直な意見交換が出来る空間を作って頂いた事務局、スタッフ、受講生の皆様に厚く御礼申し上げます。
 ありがとうございました。

【第3分科会】経営労働委員会

どんな時代にも継ぎたいと思える会社とは?
〜変化の激しい時代の企業つくりとは?〜

 \;                   報告者:倉沢延寿氏
            〈倉沢建設(株)代表取締役社長(川越地区会)〉


 \; 経営労働委員会企画の第3分科会では「どんな時代にも継ぎたいと思える会社とは?〜変化の激しい時代の企業つくりとは?」事業承継と企業つくりの2本立てのテーマで開催しました。事業承継については、サラリーマン時代は創業者である父親が経営する会社を継ぐつもりはなく、人の下で働いていた方がよいと思っていました。大学卒業後、一般企業に就職しますが、当初勤めていた会社に対する将来的不安を抱くようになり、倉沢建設に転職することになりました。会社を継ぐためではなく父親と一緒に働いて多くのことを学びたい想いが強かったそうです。企業づくりについては、業績低迷のタイミングで社長に就任、3期連続で赤字となったら辞めることが条件でした。それから先代社長は一切口出しをしなかったそうです。ドラッカーの学びからニッチな分野を開拓、リピート顧客の強化、狩猟型から農耕型への経営戦略転換により業績が回復しますが、今度は組織の問題が発生します。次世代の柱として期待していた30代の所長が退職。「若者は不満で辞めない、不安で辞める」ことを自身のサラリーマン時代を振り返り改めて実感しました。今後の課題は、マーケティング戦略とマネジメント戦略両方ともバランスよく進めていくとともに「組織の世代交代」をしっかり行なっていくことです。グループ討論では「引き継ぎたいもの・引き継がせたくないもの」をテーマに議論が行われました。経営苦難を自身の学びとして今後にしっかりと活かし成長している倉沢社長の姿に感激させられた分科会でした。     

【第4分科会】社員教育委員会

1人親方からの脱皮
〜社員とともに育った2000日〜

 \;         報告者:盒狭整貉 〈盒仰命(株) 代表取締役(大宮中央地区会)〉
        報告者:小倉越子氏 〈ナウカ人事教育サポート 代表(浦和地区会)〉


 ことの発端は、毎年4月初めに開催される新入社員研修での出来事でした。今回の報告者である盒胸瓩硫饉劼貌社予定の新入社員が急遽欠席してしまったのです。もう1人の報告者の小倉氏の紹介で採用した高校新卒者でした。
 電気通信業界はある程度の規模までは1人親方(自営業者)のままのほうが業績はよいのかもしれません。ところが盒胸瓩呂修譴髻崟А廚箸呂靴泙擦鵑任靴拭3式会社を立ち上げ、前職の同僚とともに事業を開始しました。 現在、ご自身が立てた経営指針の経営計画に基づいて、「社員10人・売上3億」 を目指して経営されています。確かに、1人親方(創業者)の1人目の社員の採用の難しさ、社員の定着率の低さ、マンパワー不足が原因の長時間労働と決して褒められるような労働環境を整備できているとはいえません。経営者・社員双方にとって満足のいく「社員教育」を行うことはとても厳しい状況です。それでも会社を立ち上げた時の決意・覚悟を忘れず、打てる手立て(社員に現場を任せ自主性を促す、会社の数字の公表、社員とともに「経営計画」を作成するなど)をして目標に向かって経営する姿には心打たれました。
2000日の歩みの中で、高等学校で生徒の支援活動をされている小倉氏は、盒仰命?に2名の高校新卒者を紹介しました。その小倉氏から、「なぜ盒仰命?に高卒者を紹介したのか」をご報告いただき、さらに、専門家の見解として、「社員を採用 ・教育する上で社長と若者のギャップ、若者の変化、家庭環境の影響等」をお話いただきました。売り手市場の現在、いかに社員を雇用するか、学校との連携の取り方、 採用後のケアなど、とても有益な気づきとなりました。

 \;  第4分科会は、 盒胸瓩汎韻犬茲Δ幣況の経営者27名の出席でした。グループ討論テーマは、「採用した社員を定着させるために、どのような工夫をしますか?」です。現在1人親方の経営者の方々は「1人親方を脱却する意義・1人親方をどうやって脱却するか」について討論していただきました。
 私は、グループ長をさせていただきましたが、皆さん、同じように「社員の定着、 経営者の想いと社員の思いのギャップ」に心悩ませていました。小規模零細企業にとって、「社員の定着」は永遠のテーマでしょう。
 売り手市場であろうと、若者たちと世代間ギャップがあろうと、私たちは、歩みを止めることはできません。厳しい状況であればこそ、実行可能な「社員教育」を模索し、時代を繋ぐ社会人を育成しなければならないのです。

【第5分科会】女性経営者クラブ・ファム

数字は心理学!!
愛ある『人時生産性』で人は動く
〜私たちに求められる働き方改革はこれだ!〜

 \;         報告者:宇和川浩示氏 〈(株)プランセス 代表取締役(千葉同友会)〉

 報告者の宇和川氏は、船橋市の美容室にて13年勤務後、平成6年に?プランセスを創業しました。現在24期目で、日本の女性の美容室への来店頻度を増やし、もっときれいになってもらいたいという想いから、「いつもキレイ、いつまでもキレイ」というスローガンを掲げ、13店舗を展開しています。
 当初3人から始めた会社は、一時期6人まで増えたものの退職が相次ぎ、また3人に戻ってしまいました。その後、もっと社員と向き合う必要性を感じ、公休を増やす、基本給も上げるといった待遇の見直しなどにより定着率も上がり、店舗数を増
やしていきました。
 しかし、10店舗を超えたあたりから、また別の問題に直面します。各店長がそれぞれの想いで店舗を運営するようになり、宇和川氏の想いとずれが生じ始めたのです。悩んだ宇和川氏は、この頃に読んだ本で「人時生産性」という考え方に出会いました。この人時生産性とは、1人当たり、1時間当たりの粗利益を算出し、それを人件費、不動産費、その他の費用、利益に分配するという考え方です。
 よりよい労働環境を実現するためには、人時生産性を高める必要があり、そしてそれをスタッフが理解し、自発的に人時生産性の向上を図る組織にする必要があると感じ、人時生産性を管理ツールとして導入します。最初は反対も多かったそうですが、様々な工夫により次第に従業員に浸透し、今ではスタッフ自ら、日々楽しく人時生産性を高める工夫を行うという組織になりました。
 宇和川氏いわく、人時生産性はあくまで手段であり、社員の幸せのために福利厚生や教育にお金をかけることができるということです。

 \;  働き方改革が叫ばれる昨今、労働環境の向上と従業員のモチベーション向上は喫緊の課題です。数字というと「冷たい」イメージで捉えられがちですが、社員の幸せを実現するため、想いと数字の両面を追求することにより、会社と従業員が同じ目標を共有できる。そんなことが学べる分科会となりました。

【第6分科会】青年部

小さな町工場から世界へ
〜青年経営者の飽くなき挑戦〜

 \;                  報告者:八島哲也氏
          〈(株)ワイ・エス・エム 代表取締役(東彩地区会)〉

 社員の憧れでかっこいいカリスマ社長だった先代(叔父)との突然の別れ。分科会参加者のこれからの人生に役立てばと、勇気をだして涙ながらに全てをさらけ出す姿に会場中が震えました。悩んだ末に承継を決意。しかし想像以上の多額の負債、税金や社保の滞納、親族からの借入等を知り、どん底の日々が始まりました。なんで自分がこんな目にあうのだと逃げることばかり考えていた八島氏を救った3つの出会いがありました。
 1つ目はものづくりが人に感動や元気をあたえる事を教えてくれたデザイナーとの出会い。初めて仕事が楽しいと感じることができ、新事業への挑戦を決意。2つ目はそれを新規事業として形にしてくれた、よろず支援との出会い。BtoBだけでなく、お客様の笑顔がみえるBtoCへの展開により、仕事にやりがいや誇りが持てるように。3つ目は共に経営姿勢を磨きあえる同友会との出会い。何のために仕事をするのか、どうやって社員やお客様を幸せにするのかを考え実践する自分に。

 \;  そして補足報告では3つの出逢い以前に共に苦しい時を乗り越えてくれた、中学からの親友である二人の社員の存在がありました。仲が良すぎて経営理念の浸透が進まず悩んでいたところ、座長からは「丸裸になって社員に全てをぶつける報告にしよう。報告中に会社が変わる姿を見せつけよう。」と熱いエール。参加した社員達からは、本当に辛かったが今では家族と普通の生活ができるようになったのは社長のおかげだと普段言えない感謝の言葉がありました。深夜まで残業する労働環境を変えましょうとの声もありました。八島氏は今日の報告に向けて、薄利の大量受注(売上の2割)撤退を決断。また現在取組中の採用で結果を出すことを決意しました。
 今では、先代社長が本当に苦しかったんだと思えるようになり、負んぶに抱っこだった自分に体を張って様々なことを気付かせてくれたと感じ、山積みの経営課題に向き合いながら更なる会社の成長を決意。参加者が明日からの実践を誓い合った青年部らしい分科会となりました。

【第7分科会】障害者雇用推進委員会

見て!知って!「人を生かす」障害者施設の経営
〜戦力として活躍する障害者が育つ訓練現場から学ぶ〜

                報告者:佐取幸一郎氏
          〈社会福祉法人うらわ学園 施設長(浦和地区会)〉

 \;  第7分科会は、佐取氏が施設長をつとめる「うらわ学園」へ訪問し、佐取氏の経営や理念を、また、見学を通して障害者の就労系福祉サービスを深く知る機会になりました。うらわ学園の利用者は、就職を目指す中学卒業後の知的障害を持つかたがたです。事業内容は、就労移行支援事業と就労継続支援B型事業の2つです。
 就労移行支援事業では、日常生活、社会、コミュニケーション、就労スキルを身につけて就職を目指す方たちが生き生きと作業に取り組まれていました。作業では、手袋を右手、左手どちらにはめるかまで細かく段取りされていました。その理由は、作業効率や合理的配慮から生まれたものだということです。それぞれの工程でチェックも利用者が行い、最終検品は支援員の方が行っています。みな挨拶がとても元気よく、はきはきしており、「仕事を通じて心を育てる」という方針が現場に浸透していることが実感できました。このような姿勢で働け
る方なら就職した企業でも、戦力となりうるはずです。
 就労継続支援B型事業は、就職するには支援が必要な方が事業所に通い仕事をして工賃を頂く事業です。仕事には、おしぼりたたみやカーテン洗い、清掃の仕事があります。県内のB型事業所の月平均工賃が14,000円に対し、うらわ学園では月平均35,000円の工賃を利用者に支払っているとのことでした。なぜ高い工賃が払えるかというと、佐取氏が施設長に就任してから、仕事内容と単価をしっかりと精査して、労力と単価の見合わないものは切り捨てる決断をしてきたからです。一時的に売上げは大幅に落ち込んだものの、結果的に高い工賃を利用者に支払える好循環が生まれたとのことでした。

 佐取氏がうらわ学園の施設長に就任したのは7年前です。就任以降着々と社内環境の整備やスタッフの育成に取り組んでいます。そのために同友会での学びを実践しているとのこと。佐取氏にとって特に印象的だったのは、先輩会員からの「人を育てるには、まず5年は我慢する」の言葉だと言います。人を育てるということは辛抱の連続なのだと私たちの心にも重く響きました。見学の時に説明を任されている若いスタッフの姿から、後任もしっかり育っていることがよく分かります。
 障害者が働くため、会社に必要とされるために努力をしている姿勢は、障害も健常も大きな違いなどないのではないか、と改めて感じさせられました。そして、障害を持つ彼らが社会で活躍する姿が目に浮かび、心躍る気持ちでうらわ学園を後にしました。

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